債権回収の勘所①~「売上なくして利益なし」「回収なくして売上なし」

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

企業が利益を上げ成長発展していくためには、売上を上げることが重要であることは言うまでもありません。この売上も、代金を回収して初めて事業活動に充当できる、いわば「真の」利益として手の内に収めることができるのです。

しかし、代金回収まで念頭に入れて営業活動をしている営業マンが、一体どのくらいいるでしょうか。また、売上を確実に回収する究極の責務を負っている部署は、管理部門の法務部(あるいは総務部)ですが、果たして十二分に機能しているでしょうか。

私は、日頃から収支のバランスのとれた健全な事業会社のみならず、業績が悪化し窮境状態に陥った多くの事業会社のご相談にも乗っています。後者のような経済的にひっ迫した事業会社は、往々にして売掛金や立替金を適切に回収できておらず、酷いものになると消滅時効にかかってしまったとか、債務者が行方不明で連絡が取れない等の理由で、相当な金額の債権を回収できず、本来であれば回収した売掛金を充てるはずだった従業員の給与や仕入れ代金を支払えないという本末転倒な状況にあることが多いです。このような状況下で、経営者や幹部、現場の社員の皆様は、既に発生している債権にはあまり注意を払わず、血眼になって新規契約の受注に奔走しているというケースもあります。

このような非効率な状況を改善したい。「自分たちが汗水たらして稼いだお金は、漏れなく確実に回収する。それが会社を守ることであり、ひいては自分たちを大切にすることである」という当たり前の発想を実現したいという思いから、本稿から数回に分けて、債権回収の勘所を基本から丁寧に解説することとしました。どうぞ最後までお付き合いください。

★基本用語:

  •  債権:相手方に対し、一定の行為をするよう要求できる権利
  •  債務:相手方に対し、一定の行為をしなければならない義務
  •  売掛金(売掛債権):売主が商品を売ったものの、まだ買主から代金を受領していない状態を「売掛」、売掛になっている代金を「売掛金」という。売掛金の支払いを要求できる権利を「売掛債権」というが、売掛金と売掛債権を区別せずに使うこともある。
  •  買掛(買掛金債務):買主が商品を買ったものの、まだ売主に代金を支払っていない状態を「買掛」、買掛になっている代金を「買掛金」という。買掛金の支払をしなければならない義務を「買掛債務」という。

この記事で分かること

  • 債権回収の合言葉
  • 債権回収の基本的な流れ

「売上なくして利益なし」「回収なくして売上なし」

会社が利益を上げるには、まず何よりも売上をあげることが不可欠です。売上をあげて、原価や必要経費を差し引いた残りが「利益」ですから、何を差し置いてもこの「売上」を上げることが第一のミッションであることは間違いありません。「売上なくして利益なし」です。

しかし、損益計算書(PL)に「売上」として計上するだけで満足しては意味がありません。この「売上」を実際に現金という形で回収して初めて、従業員への給与の支払や借入金の返済に充てることができるのです。また、ケースによっては、売掛金を回収するために想定外のコストがかかる場合もありますので、この債権回収に要するコストを差し引いた残額を正味の「利益」として、会社の資金計画を立てる必要があります。

このように、債権を回収して初めて売上が上がったと考えるべきであるという意味で、「回収なくして売上なし」です。このことをしっかり心にとめておいてください。

次に、債権回収という視点で商取引の基本的な流れを見てみます。

取引の開始

  • 取引相手に関する情報を収集する。

取引を開始する際、通常であれば相手方が信用に足る会社(又は人物)であるかどうか調査します。(この調査をしっかりやらない事業者もいますが…)

(1)相手方が会社の場合

まず、相手方の商業登記簿謄本を入手して会社の概要を把握するとともに、相手方の不動産登記簿謄本も入手して、どこにどのような不動産を持っているか押さえておきます。不動産登記簿謄本の「乙区」を見れば、いつ、誰にいくら借り入れたか、利息、差押や滞納処分の有無等の情報が読み取れますので、相手方の財産状況がある程度推測できます。また、いざというときに、当該不動産を差し押さえるなどして債権を回収できます。

更に、相手方の代表者(又はキーパーソン)と直接面談し、その性格や印象を見極め、取引の目的や動機も聞き出します。また、取引開始前の段階で、相手方の内部資料などもらえる資料はできる限りもらっておきましょう。更に、相手方の本社や事業所、工場を直接訪問し、従業員や職場の雰囲気を観察しておきましょう。現場から読み取れることはたくさんあります。

(2)相手方個人の場合

免許証やパスポート、住民票等の提示を求め、取引相手が誰なのか明確に確認します。場合によっては、相手方が当該取引をする権限があることを明確にするために、委任状の提出を求めることも必要です。また、将来の強制執行に備えて、相手方の勤務先(給与債権)、保有不動産の不動産登記簿謄本を入手しておきましょう。不動産登記はオンラインでも取得できます(https://www1.touki.or.jp/)。

  • 契約書の作成

相手方が一応信用できそうだと判断したら、次に契約書(又は取引基本契約書※)を作成します。担保をとれた場合、担保権設定契約書等も作成します。

我が国の民事訴訟は証拠主義です。いくら口頭で「●●の事実があった」と主張しても、客観的な証拠がなければ裁判官はその事実があったものと認定してくれませんので、訴訟に勝つことはできません。契約書は「処分証書」の典型例であり、訴訟になった場合最重要の証拠となります。取引開始前の段階で、本取引におけるオリジナルな取引条件、自社にとって不利な条項を極力排除したしっかりした内容の契約書を作成しましょう。このことは、様々な書籍やセミナー、インターネット上のブログで繰り返し強調されているところですが、実際はネットや書籍からひな形を拾ってきて、甲乙の名前だけ変えてすませてしまい、後になってトラブルになるケースが後を絶ちません。面倒くさがらずに、重要なリスク管理業務であることを認識して、契約締結に臨んでください。

併せて、担保をとることができたら、権利を保全するために対抗要件(不動産に抵当権を設定した場合、登記)を具備して、第三者にも対抗(権利の存在を理由に優先権を主張すること)できるようにしましょう。

取引基本契約書

 同じ相手と反復継続して取引する場合、取引のたびに新たな契約書を作成するのは煩雑である。そこで、取引開始時点で、毎回の個別取引に共通する条件については、継続的取引のすべてに適用される契約書で決定することとし、個別の取引では都度異なる事項だけを取り決めることが多い。この継続的取引全てに適用される契約書を「取引基本契約書」といい、個々の取引を「個別契約書」という。

債権管理

取引額の増減や入金状況、取引相手の経済状態の変化等に注意し、問題があるようであれば取引を中止するなどして、相手方との取引について適切な処置を講じていくことを「債権管理」といいます。万が一、相手方と紛争になり訴訟に発展した場合に備えて、十分な証拠を集め、いつでも取り出せるように整理しておくことも重要です。

債権回収

相手方が契約書どおりに代金を払ってくれれば、何の問題もありません。しかし、実際は、ここ数ヶ月売上が落ちたとか、取引先の経営が苦しいとかでこっちも代金を支払ってもらえていないから等と様々な理由をつけて、契約書どおりに代金を支払ってくれないケースが出てきます。そのような場合、どうやって相手方に代金を支払わせるか、ここが債権回収の山場です。

  • 任意の回収

まずは、相手方とよく話し合いましょう。その際、相手方が支払えないとする理由を十分ヒアリングし、その説明におかしな部分がないか確認します。納得がいかなければ何度も質問しましょう。必要に応じて、相手方の主張の裏付けとなる資料を提示してもらうことも検討してください。

  • 担保による回収

取引開始時に担保を取っておいた場合、この担保権を実行することにより債権を回収することができます。実際に担保権を実行しなくとも、担保を取得し対抗要件を具備しているというだけで、相手方に「きちんと約束通り支払わなければ、担保権を実行するぞ!」という心理的プレッシャーをかけられますので、相手方が任意に支払ってくる可能性が高まります。また、担保権は各種の倒産手続きにおいても優先的に取り扱われますので、万が一相手方が倒産した場合でも、自社は有利な立場を守ることができます。

  • 強制的な回収

相手方が任意に支払わず、担保もとれなかったという場合、最後の手段として裁判所に訴訟提起して勝訴判決をもらいます。大多数は、この時点で相手方は判決文に記載された金額を支払ってくるケースが多いのです。

しかし、「裁判で負けても絶対に支払わない」という強硬姿勢を崩さない相手方も一定数います。

その場合、相手方の保有資産に対して強制執行を申し立てて、強制的に債権を回収することになります。この場合、訴訟手続で勝訴判決を獲得した弁護士が、引き続き強制執行についても代理人として活動することが多いと思われます。もっとも、強制執行手続は別手続ですから、訴訟本体とは別に、新たな委任契約を締結して別途弁護士報酬を追加で支払わなければならないケースが多いと思われます。

最後に

以上が、債権回収の基本的な流れです。「取引開始」の部分は若干詳しく説明しましたが、まだまだほんの一部です。債権管理、債権回収と言っても様々な手法や留意点がありますし、未回収の債権がいくらかによっては、回収に要する費用とのバランス(費用対効果)が気になることもあるでしょう。

そこで、引き続き数回に分けて、債権回収の勘所や裁判手続の概要を解説してまいります。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

弁護士 髙砂美貴子

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