経営者のためのビジネス法務の教科書 https://blog.takasago-law.com 弁護士が教えるリーガルリスクと成長戦略 Sun, 04 Feb 2024 14:04:26 +0000 ja hourly 1 不動産経営の落とし穴①~サブリース契約の注意点 https://blog.takasago-law.com/index.php/2024/02/04/20240204/ Sun, 04 Feb 2024 14:02:15 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=405

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。 賃貸不動産経営に携わる方にとって最も怖いのは、空室が埋まらないことだと思います。空室が埋まらなければ賃料収入が入りませんので、固定資産税等の諸経費が支払えないだけでなく、借入をし ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

賃貸不動産経営に携わる方にとって最も怖いのは、空室が埋まらないことだと思います。空室が埋まらなければ賃料収入が入りませんので、固定資産税等の諸経費が支払えないだけでなく、借入をして賃貸物件を建築している場合、借入金の返済ができなくなります。最悪の場合、当該賃貸物件に設定された抵当権が実行されるだけであればまだよいとして、オーバーローンの場合、元オーナーが自力で残債を返済しなければなりません。

このような空室リスクに対するリスクヘッジとして、多くの場合に提案されるのが「サブリース契約」です。

ところが、このサブリース契約には大きな問題と危険が潜んでいるにもかかわらず、多くのオーナー、特に老後資金を確保するために副業として取り組む会社員、地主の方々にその傾向がみられるのですが、サブリースの孕む問題点を正確に理解していないことが多いのです。

そこで、本稿では「不動産経営の落とし穴①~サブリース契約の注意点」と題し、問題の多いサブリース契約を基礎から解説します。本稿をきっかけに、サブリースの問題点を正確に理解し、その採否を適切に判断して頂きたいと思います。

この記事で分かること

  • サブリース契約とは
  • サブリース契約の問題点

サブリース契約とは

 建物所有者(以下、単に「オーナー」といいます)が、ビルやマンション等を不動産会社(サブリース会社)に一括して賃貸し(マスターリース契約)、サブリース会社が入居者(エンドテナント)に転貸(サブリース契約)することで、建物所有者とサブリース会社双方の利益獲得を目指す事業を「サブリース事業」といいます

 サブリース事業は、サブリース会社がオーナーに一定額の賃料収入を約束して物件を一括借り上げし、借上げ賃料よりも高い転貸料でエンドテナントに転貸して利ザヤを稼ぐというビジネスモデルです。

 オーナーにとっては、①賃貸事業の専門家を活用することで、不動産賃貸経営を行えること、②サブリース会社が賃料保証することで、空室や賃料下落のリスクを回避できること、というメリットがあります。他方、サブリース会社は、自ら資金を調達して賃貸不動産を取得する必要がなく、低コストで賃貸事業を行うことができるというメリットがあります。

 サブリース事業は、転貸借契約の法形式を利用するものです。オーナーとサブリース会社の間で締結するマスターリース契約において、サブリース会社とエンドテナントの間で締結するサブリース契約(転貸借契約)について、包括的に承諾する方法が採られることが多いです。なお、マスターリース契約においてオーナーが明示の包括承諾をしていなかった事案において、黙示の承諾があったものと認定した裁判例があります(東京地判平成20年11月27日)

サブリースの問題点

平成初期のバブル時代、将来の賃料相場上昇を見越して、サブリース事業が活況を呈しました。多くの地主が金融機関から借り入れして賃貸物件を建築し、サブリース会社が賃料保証と共にこれを一括借り上げ(マスターリース契約)して、エンドテナントに転貸(サブリース契約)するというサブリース事業が流行しました。

しかし、バブル経済の崩壊により賃料相場が大幅に下落したため、サブリース会社の取得する転貸料が、オーナーに支払うべき賃料額を下回るという差損が生じたのです。

多くのサブリース会社は、かかる差損を解消するために、オーナーに賃料減額を申し入れました。しかし、交渉が決裂することも多かったため、サブリース業者は、借地借家法32条に基づく賃料減額請求権の行使を主張したのです。

これに対し、オーナー側も金融機関への借入金返済は待ったなしですから、賃料減額は死活問題です。

そこで、オーナーとサブリース業者の紛争は法定に持ち込まれ、平成15年に3件の最高裁判決が出されました。いわゆる「最高裁平成15年サブリース判決」であり、バブル崩壊の象徴的な事件であったことから、マスコミでも大々的に取り上げられました。以下、判決文の主要な争点と最高裁の判断を紹介します。

マスターリース契約への借地借家法適用の有無

本件契約(マスターリース契約)は、建物の賃貸借契約であることが明らかであるから、本件契約には、借地借家法が適用され、同胞32条の規定も適用されるものというべきである

最判平成15年10月21日判タ1140号75頁

賃料増額特約があるときの賃料減額請求の可否

あらかじめ一定の基準を決め、その基準に従って当然に賃料を増減する合意(自動改定特約、スライド条項)は、特約の内容が合理的ならば有効です。

もっとも、賃料増額特約がある場合、借地借家法32条1項の規定に優先されるかどうかは判断のわかれるところでした。

借地借家法32条1項の規定は、強行法規であって、本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最三小昭和31年31年5月15日、最二小昭和56年4月20日)、本件契約の当事者は、本件賃料自動増額特約が存するとしても、そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない

最判平成15年10月21日判タ1140号75頁

賃料減額請求の判断に際し、事業の経緯を考慮することの適否

「(マスターリース契約は)B社(サブリース会社)が、A(オーナー)の建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり、あらかじめ、AとB社との間で賃貸期間、当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え、Aが、その協議の結果を前提とした収支予測の下に、建築資金としてB社から234億円の敷金の預託を受けて、Aの所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり、いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる」

「本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は、AがB社の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって、本件契約(マスターリース契約)における重要な要素であったということができる。これらの事情は、本件契約の当事者が、前期の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから、衡平の見地に照らし、借地借家法32条1項の規定に基づく賃料が減額請求の当否(同行所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に、重要な事情として十分に考慮されるべきである」

最判平成15年10月21日判タ1140号75頁

この減額請求の当否及び相当賃料額を判断するにあたっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、本件契約において賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情、とりわけ、当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場との乖離の有無、程度等)、B社の転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の数位の見通しについての当事者の認識等)、Aの敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等をも十分に考慮すべきである

最判平成15年10月21日判タ1140号68頁

このような判断の下、サブリース業者から求められた賃料減額請求のうち、相当賃料として賃料の一部減額が認められた事案がいくつか出ています。

まとめ

以上のとおり、サブリース契約における賃借人(サブリース業者)も借地借家法の保護を受け、転貸料収入が減少すれば自動増額特約よりも借地借家法32条が優先されてしまいます。そのため、「安心の賃料保証●●年」などという謳い文句は無意味であることがお分かり頂けたかと思います。

 あくまで個人的見解ですが、サブリース特約をつけなければ客付けできないような立地の物件は避けたほうが賢明ですし、何より、オーナー自身が手間を惜しまず不動産経営についてしっかり勉強し、資金繰りや立地条件等について十分検討できるスキルと粘り強さを身に着けることが肝要であると思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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倒産・再生~早期に事業再生に着手する意義とは https://blog.takasago-law.com/index.php/2024/01/18/240118/ Wed, 17 Jan 2024 15:09:33 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=401

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。   先月は年の瀬という時期も相まってか、肌感覚として債務整理や廃業に関するご相談が増えたように感じました。特に印象的だったのは、一年近く前、窮境状態にある会社経営者から事業継続か ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

  先月は年の瀬という時期も相まってか、肌感覚として債務整理や廃業に関するご相談が増えたように感じました。特に印象的だったのは、一年近く前、窮境状態にある会社経営者から事業継続か廃業かについてご相談を受けた際、「早急に資金繰り表を作成してまた来てくださいね」と申し上げたにもかかわらず、その後音信不通となり、結局破産一択とせざるを得なくなったということがありました。初回相談からかなり時間がたってしまったため財務状況が更に悪化してしまい、もはやスポンサーが現れる見込みは絶望的であったこと、再生計画の作成や各金融債権者との調整に必要な期間を持ちこたえるだけの資金繰りもつかない状態にまで病状が進行してしまったことが理由です。

 バブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍を経て、経営不振に陥った中小企業に対する「処方箋」は質量ともに充実してきています。もはや、弁護士に相談したら「破産一択」という時代ではありません。会社の「病状」について、何を確認してどう「診断」すればよいのか。現在どのような手法があり、どんなことができるのか。「病状」に応じて、どの手法を適用すべきか。時期を逸さず、的確な対応を採っていくことが、我々支援専門家に求められていることだといえます。

 とはいえ、その大前提として、経営者自身が自社の経営状態を冷静に把握し、必要に応じて専門家の支援を受ける決断をすることが重要です。このことをご理解頂くために、本稿では、事業再生の意義と早期相談の重要性について解説します。

この記事で分かること

  • 事業再生の意義
  • 事業再生の基本方針

事業再生の意義

早期に専門家に相談すべきであることは様々なところで言われているところですが、なかなか決断できない経営者も多いのが実情です。そこで、早期に事業再生を検討する意味、メリットはどこにあるのか。3つの視点から整理します。

悪循環から抜け出す

業績の悪化した中小企業は、過剰債務に陥っているケースも多いです。そのため、業績改善のために設備投資をしたり、優秀な人材を採用することも、既存従業員の賃金引き上げもできず、じり貧状態からますます業績が悪化するという負のスパイラルから抜け出せなくなってしまいます。これを、「過剰債務の罠」と呼ぶこともあります。

 このような「過剰債務の罠」から脱却するためには、まず①専門家の支援を受けながら、会社自身の自助努力で収益力改善に努めること、②①でも状況が改善しない場合、債権者に対して債務減免を申し入れる段階に進みます。

 まだ傷の浅い段階であれば、①の段階でのV字回復が見込めます。躊躇せず、商工会議所、中小企業活性化支援協議会、会計士・税理士等に積極的に相談しましょう。

地域経済の衰退を回避する

会社が倒産すれば会社の社員は全員解雇され、社員とその家族の生活はたちまち窮乏します。また、会社の仕入先・外注先に対する支払ができなくなりますので、連鎖倒産の危険性が生じ、職を失う従業員の数は非常に多くなります。このように、会社が倒産した場合地域経済にも大きなダメージを与え、ひいては地域経済の衰退を招くことになりかねません。地域経済を支えているのは、この記事をお読みくださっている中小企業の皆様であることをお忘れなきよう。

円滑な事業承継を実現する

経営者の高齢化が進む一方で後継者不足が深刻化し、事業承継ができず結果的に廃業、というケースが後を絶ちません。この背景にある問題として、後継者のいない中小企業は財務状況が悪化しているケースが少なくないということが挙げられます。中小企業の経営者は、金融機関から事業融資を受ける際に自らも個人保証をするのが一般的です。そのため、会社の業況が悪化している以上、この連帯保証債務がいつ現実化し、経営者自身がすべての事業債務を弁済しなければならなくなるか、わかりません。後継者として会社を引き継ぐ場合、この個人保証も引き継ぐことが求められるのが一般的ですので、後継者がしり込みしてしまい、事業承継の大いなる障害になっているといえます。

 このことから、早期に事業再生に着手し会社の財務状況を改善することが、将来に向けて会社の存続を持続可能なものにすることにつながるのです。

 このことから、早期に事業再生に着手し会社の財務状況を改善することが、将来に向けて会社の存続を持続可能なものにすることにつながるのです。

事業再生の基本方針

このように、業況が悪化した場合、早期に専門家に相談するなどの対策を講じることは、経営者として当然求められる経営判断です。この決断が遅れるほど、より深刻な外科手術が必要となり、場合によっては手遅れということになりかねません。

適時適切な事業再生の進め方については様々な意見があるところですが、私が日頃参考にしている実務書に掲載されている考え方が非常に合理的であると思われますので、ここに紹介したいと思います。

  • 資金繰りを維持すること
  • 会社の基礎体力、収益力を高めること
  • 金融機関との間で誠実な交渉(私的整理)を進め、取引先への不用意な情報流出を避けて、事業価値の劣化・風評被害を防止すること
    • 元本返済期間の据置き(リスケジュール、「リスケ」と略す)により、上記(1)(2)の時間を稼ぐ
    • (リスケで解決できない場合)元本の一部免除(カット)を協議する
  • (私的整理が不可能な場合)適時適切な方法で法的整理を行うこと。その場合も、民事再生等を優先的に検討する。破産は最終手段。
  • 可能な限り、オーナー経営者が自ら経営を継続することを目指しつつ、必要に応じてスポンサーを探索すること。
  • 適切な事業再生等のために、専門家とオーナー経営者の信頼関係に基づく協働が必要不可欠であること
  • 金融機関に対し、何よりも誠実性、透明性、公平性が求められること
  • (事業再生が困難な場合でも)任意の廃業を検討すること
  • 「経営者保証ガイドライン」を積極的に活用して、経営者保証人個人の破産を極力回避すること
※出典:「事業再生・廃業支援の手引き」(清文社、タックス・ロー合同研究会編著)ⅴ~ⅵ頁
 

具体的な相談先

最後に

以上が、早期に事業再生に着手することの意義であり、また、事業再生を進めるにあたって守るべき考え方です。

 財務状況に不安のある経営者の皆様、これを機にぜひ、上記支援機関等への早期相談をご検討ください。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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不動産売買の注意点①~土砂災害警戒区域等にある土地を購入する場合~ https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/12/09/20231209/ Sat, 09 Dec 2023 14:37:23 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=395

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。   私が過去に担当した事件を見るまでもなく、地方の比較的大きな地主の方は、大規模な山林や丘陵、高低差のある土地を所有しているケースが少なくありません。このような土地は土砂災害の発 ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

  私が過去に担当した事件を見るまでもなく、地方の比較的大きな地主の方は、大規模な山林や丘陵、高低差のある土地を所有しているケースが少なくありません。このような土地は土砂災害の発生源となりかねないため、通常の土地とは異なり、その利活用や売却その他の処分をする際、特別法の規制を無視することはできません。

また、このような土地を購入する場合も注意が必要です。例えば、新居を建設するための敷地として、傾斜地にある土地一画の購入を検討している方(仮に「Aさん」といいます)がいると仮定しましょう。このAさんが仲介業者から、当該土地の周辺一帯について「土砂災害警戒区域等の指定のための基礎調査の対象地になっている」と説明を受けました。基礎調査の結果、本件土地が土砂災害警戒区域や土砂災害特別警戒区域に指定された場合、Aさんの新居建築にどのような影響が出るでしょうか。

この問題は、土地の評価額に大きな影響が出るだけではなく、当該土地の利活用が大きく制限されかねません。そこで、本稿では、土砂災害警戒区域等に指定された土地を購入する場合の留意点、土地災害防止法について基本的な部分を解説します。

この記事で分かること

  • 土地災害防止法の規制
  • 土地災害に関する宅建業法の規制

回答

本件土地が土砂災害警戒区域や土砂災害特別警戒区域(以下、「土砂災害警戒区域等」と総称します)に指定された場合、「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律」(以下「土砂災害防止法」といいます)の規制を受けます。これにより、Aさんが予定していた建物が建築できなくなる可能性が出てきますので、基礎調査の結果を踏まえ、今後、本件土地が土砂災害警戒区域等に指定されるかどうかを確認するとともに、本件土地に建築予定の建物が建築可能か否かを事前に確認する必要があります。その結果次第では、本件土地の購入を断念するという決断も必要になるかもしれません。

土地災害防止法の規制

土砂災害防止法(「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律」、以下「法」といいます。 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=412AC0000000057)は、土砂災害から国民の生命・身体を保護するため、土砂災害(急傾斜地の崩壊、土石流、地滑り)が発生するおそれのある区域を指定し、区域に応じて、危険の周知、警戒避難体制の整備、特定開発行為の制限、建築物の構造規制、既存住宅の移転促進等の対策等のソフト対策を推進する法律です。

※「土砂災害防止法の概要」(国交省)より抜粋

https://www.mlit.go.jp/river/sabo/dosyahou_review/01/110803_shiryo2.pdf

基礎調査の実施

  • 基礎調査の実施

各都道府県は基本方針に基づき、おおむね5年ごとに基礎調査(急傾斜地の崩壊等のおそれがある土地に関する地形、地質、降水等の状況及び土砂災害の発生の恐れがある土地の利用状況その他の事項に関する調査)を実施します(法4条1項)。

都道府県は、この基礎調査の結果を関係する市町村長に通知するとともに、公表しなければなりません(同法同条2項)。そのため、基礎調査の結果は自治体のホームページ等で確認することができます(例:神奈川県告示図書

https://www.pref.kanagawa.jp/osirase/sabo/bousai/keikai/kouji.html)。

土砂災害警戒区域・土砂災害特別警戒区域の指定

都道府県知事は、こうして出された基礎調査の結果を踏まえ、かつ基本指針に基づき、当該土地の区域に応じて、①土砂災害警戒区域又は②土砂災害特別警戒区域に指定します。なお、この指定を行うには、予め関係のある市町村長の意見を聞かなければなりません(同法7条3項、同法9条3項)。

※「土砂災害防止法の概要」(国土交通省)」より抜粋

https://www.mlit.go.jp/river/sabo/dosyahou_review/01/110803_shiryo2.pdf

  • ①土砂災害警戒区域(同法7条1項)
  • 「土砂災害警戒区域」は、急傾斜地の崩壊等が発生した場合には住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域であり、危険を周知し早期避難を実現するため、(ⅰ)市町村地域防災計画への記載(同法8条1項)、(ⅱ)要配慮者利用施設における警戒避難体制整備(同法8条の2)、(ⅲ)土砂災害ハザードマップ等による周知徹底(同法8条3項)等が市町村に義務付けられます。
  • ②土砂災害特別警戒区域
  • 「土砂災害特別警戒区域」は、急傾斜地の崩壊等が発生した場合建築物に損壊が、住民等の生命又は身体に著しい危害が生じる恐れがあると認められる土地の区域で、(ⅰ)特定開発行為(他人のための住宅・宅地分譲・社会福祉施設・学校・医療施設等)に対する許可制(土砂災害防止法10条)、(ⅱ)居室を有する建築物の構造規制(同法24条)、(ⅲ)建築物の移転等の勧告及び支援措置等(同法26条)が義務付けられます

※「土砂災害防止法の概要」(国土交通省)より抜粋

https://www.mlit.go.jp/river/sabo/dosyahou_review/01/110803_shiryo2.pdf

宅建業法の規制

前記1(3)にて詳述したとおり、①土砂災害警戒区域に指定された土地は、他の土地よりも土砂災害発生の危険性が高いエリアであり、さらに②土砂災害特別警戒区域の指定を受けたエリアでは、特定開発行為に関する許可制等様々な規制が課されます。そのため、①②の指定の有無やその規制内容は、当該土地を購入するか否か決断するにあたり、重大な影響を与えます。

そのため、宅建業者は土地の購入希望者に対して、土砂災害警戒区域等の指定の有無及び規制内容について、契約締結に先立ち、売買契約の重要事項として説明する義務を負います(宅地建物取引業法35条1項2号)。

同様の理由から、土砂災害警戒区域等の指定前の段階であっても、基礎調査の結果、土砂災害警戒区域等に相当する地域に対象物件が含まれる場合、その旨を重要事項として説明する必要があります。さらに、対象物件が基礎調査の対象となっていることを宅建業者が認識していた場合、対象物件が基礎調査の対象地に含まれていること、基礎調査の結果によっては、土砂災害警戒区域等の指定を受ける可能性がある旨を説明すべきと考えられます。

まとめ

以上より、土砂災害警戒区域等の指定のための基礎調査の対象となっているのであれば、Aさんが予定していた建物が建築できなくなる可能性が出てきます。そのため、Aさんとしては基礎調査の結果を踏まえ、今後、本件土地が土砂災害警戒区域等に指定されるかどうかを確認するとともに、本件土地に建築予定の建物が建築可能か否かを事前に確認する必要があります。その結果次第では、本件土地の購入を断念するという決断も必要になるかもしれません。

 自然災害が頻発する昨今、地域にもよりますが、急斜面に近い土地や山林を購入しようとされる場合、事前調査をより徹底するようお勧めいたします。

 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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建物賃貸借契約のポイント①~保証金と敷金はどう違うのか https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/11/25/20231125/ Sat, 25 Nov 2023 11:31:23 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=390

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。 事業用、居住用問わず建物の賃貸借契約において、賃借人は賃貸人に対し、敷金や保証金、権利金・礼金など様々な名目の金員(本稿では、便宜上、「預託金・一時金」といいます)を支払う実務慣 ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

事業用、居住用問わず建物の賃貸借契約において、賃借人は賃貸人に対し、敷金や保証金、権利金・礼金など様々な名目の金員(本稿では、便宜上、「預託金・一時金」といいます)を支払う実務慣行が定着していることは周知の事実です。しかも、賃貸借契約終了時に返却されるはずの金員であるにもかかわらず、償却や敷引き等の名目でその一部又は全部を返還しないこととする特約(預託金不返還特約)が賃貸借契約書に規定されるケースもあります。

このような預託金・一時金の支払や預託金不返還特約は実務上頻繁に目にするため、特段精査することなく応じてしまう場合もあるかと思います。しかし、その法的な意味を正確に理解している法務部社員や総務担当者は、そう多くはないのではないでしょうか。

そこで、これから数回に分けて、実務上よくみられる預託金・一時金について解説し、それに関連する判例等を紹介します。第一回目は、「保証金」についてです。

この記事で分かること

  • 保証金とは
  • 保証金と敷金の区別基準
  • 保証金の敷金性が肯定された事案・否定された事案
  • 保証金の返還時期

敷金とは(確認!)

敷金とは、賃貸借契約上の債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に預託する金銭であり、賃貸借契約が終了し明渡が完了した後、賃借人の賃料未払い等の債務不履行があればこれを控除した残額を返還されるものです(民法622条の2第1項)。

敷金交付契約は、賃貸借契約に従たる契約ですが、これとは別個の契約です(最判昭和53年12月22日)。

なお、「賃貸借契約終了と明渡完了を停止条件とする返還債務を伴う、金銭所有権の移転」と評価できれば、名目如何を問わず「敷金」に該当します。

保証金とは

  • 建物賃貸借契約では、多くの場合、契約締結に際し「保証金」という名称で賃借人から賃貸人に金銭が預託されます。しかし、「保証金」の法的性質は一義的に定まっているわけではなく、「保証金」にいかなる法的性質を持たせるかは、契約当事者の意思次第であり、その意思が明確でない場合、当事者の意思を合理的に解釈して決することになります(名古屋高判平成12年5月30日)。

例えば、「第●条(保証金)」と記載されている賃貸借契約書をよく見ますが、その内容を見ると「敷金」(民法622条の2)に関する約定ですので、当該契約書では「保証金」に「敷金」という法的性質を付与する意図であるということが分かる、ということになります。これはあくまで私見ですが、それならば「保証金」ではなく、端的に「敷金」と記載したほうが分かりやすいですし、明確性の点でも混乱を招かず好ましいと思います。

保証金の法的性質は、主に賃貸人たる地位の移転の場面で問題となります。すなわち、当該保証金が敷金の性質を有しているとすれば、賃貸物件の所有権が移転し賃貸人の地位もそれに付随して移転すれば、当然に保証金返還請求権も買受人に移転します。しかし、当該保証金が敷金の性質を有していないとすると、保証金返還請求権は買受人に移転しません。そうすると、旧賃貸人が無資力となったため、賃借人が資金豊富な買受人に保証金を返還してもらいたいと思っても、それは認められず、あくまで無資力の旧賃貸人から回収するしかない、ということになるのです。

もっとも、保証金の敷金性を否定しながら、買受人に保証金が承継されると判断した裁判例がいくつか存在します。

  • 保証金契約は単なる消費貸借ではなく、賃貸借契約と密接不可分に結合した一種の無名契約であ」ることを理由に、保証金に関する権利義務は、ビル所有者たる賃貸人の地位に随伴するとした例(東京地判昭和46年7月29日)
  • (当該保証金は)貸金としての性質を有するが、店舗賃貸借契約と密接な関連を有するとした例(大阪高判昭和58年2月25日)
  • 「(保証金は)賃貸借契約と一体のものであり、賃貸人の地位に伴って承継される」とした例(東京地判平成2年5月17日)

但し、これはあくまで例外ですので、「保証金」の返還を確実なものとするために、当該保証金が敷金であることを賃貸借契約書中に明記するか、あるいは、そもそも「保証金」というワードではなく、端的に「敷金」というワードを用いるとか、「保証金」返還債務は賃貸人たる地位に伴い買受人に移転する旨を契約書の中に明記しておくべきでしょう。

敷金と保証金の区別基準

このように、保証金の法的性質は、当事者の意思の解釈により判断されます。その際に考慮される要素は、保証金の額、保証金以外の預託金(敷金)授受の有無、担保としての性格付けの取決めの存否、返還時期、建物の用途、立地・地域性等があります。

一般的に、保証金は敷金より多額ですから、月額賃料より著しく高額の保証金が授受された場合、当該保証金は敷金とは性格を異にする別個の目的で授受された金員であると判断されやすいです。

  • 「保証金は、一般に、敷金とされるものより多額であり、上記敷金の趣旨のほか、借家権自体の対価等の趣旨で授受されることが多い」(東京地判平成21年10月14日)
  • 高額な敷金が差し入れられた不動産が競売にかけられた事案において、「地域慣行と比較して著しく高額な保証金が差し入れられ、その全額について敷金性を認めることが相当でない場合(名目は敷金、保証金でも、その実態が建設協力金や貸金である場合等)、買受人が負担することになると見込まれる敷金額としては、地域慣行と比較して相当と認められる額(敷金相当額)を考慮するに止めるべきである」、「敷金相当額は、当該不動産が属する地域の地域的特性、不動産の類型・用途、不動産市場の状況等に加えて、当該敷金が差し入れられた経緯等事案の特殊性をも考慮して、適宜算定される」(東京競売不動産評価実務研究会、「競売不動産評価マニュアル(第3版)」(2011)102頁)

敷金性が肯定された事案

事業用賃貸借では、賃料に比して比較的多額の預託がなされるケースが多いです。

  • 商業ビルの賃貸借で預託された保証金1900万円(設定時賃料の約94か月分)のうち、1710万円が敷金性あり(東京地判平成20年10月9日)
  • 大阪の繁華街中心地の商業ビルの賃貸借において、賃料55か月分の全額が敷金性あり(大阪地判平成17年10月20日)
  • 保証金749万円(月額賃料23万円の約32か月分)につき敷金性あり(東京地判平成19年4月27日)
  • 賃料の26~72倍の預託金につき、敷金であると同時に権利金としての性格を兼ね備えるとしたうえで、競売による買受人が預託金返還請求権の全部を承継すると判示(東京地判平成12年10月26日)。

敷金性が否定された事案

  • (契約書を作成するに際し、契約書に印刷されていた「敷金」という不動文字の一部を、仲介すると同時に借主の連帯保証人にもなった不動産業者Tが「保証金」と訂正し、その際契約期間中の保証金は無利子とする、契約成立の証として保証金の一部として手付金300万円を支払う等の特約が加入されていた事案において)ホテル賃貸借における11.5か月分の保証金について、敷金性が否定された(浦和地判昭和59年1月31日)
  • 月額賃料54.5倍に相当する「保証金」は、敷金として賃借人の賃料不払いを担保するため交付されたものとしては、異常に高額で、その実質は賃貸人に対する貸金であると認定(東京地判平成5年10月18日)

保証金の返還時期

保証金の返還期限は、賃貸人と賃借人の合意により定められます。

この返還期限の合意が明確でないとトラブルになりがちです。特に、保証金の返還時期よりも前に賃貸借契約が終了し、明渡まで完了してしまった場合、賃貸人と賃借人の対立は先鋭化すると思います。契約書を作成する際は、最後に必ず全体を通読し、矛盾する条項が含まれていないか確認するようにしてください。

(賃貸借契約書中の保証金の返還時期に関し、「明渡を完了したときに返還する」(明渡払条項)としながら、他方では「10か年据え置きののち、10か年均等分割払いにより返還する」(分割払い条項)というように、相矛盾する契約条項が存在した事案において、契約締結時から10年以上経過したものの明渡がなされていない場合、どちらの条項を適用すべきかが争われた事案)契約条項の内容及び論理構造、契約当事者の意思並びに契約締結時の諸事情が考慮され、分割払い条項ではなく、明渡払条項が適用されると判示(名古屋高判平成12年5月30日)

まとめ

以上が保証金に関する基本事項です。

ご自身の賃貸借契約書を再度見直してみて、どのような趣旨で「保証金」という文言を用いているか確認してみてください。また、これから新たに賃貸借契約を締結しようとする方は、本稿で解説した点を参考にリーガルマネジメントに取り組んでみてください。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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債権回収の勘所①~「売上なくして利益なし」「回収なくして売上なし」 https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/11/10/20231110/ Fri, 10 Nov 2023 05:59:35 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=384

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。 企業が利益を上げ成長発展していくためには、売上を上げることが重要であることは言うまでもありません。この売上も、代金を回収して初めて事業活動に充当できる、いわば「真の」利益として手 ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

企業が利益を上げ成長発展していくためには、売上を上げることが重要であることは言うまでもありません。この売上も、代金を回収して初めて事業活動に充当できる、いわば「真の」利益として手の内に収めることができるのです。

しかし、代金回収まで念頭に入れて営業活動をしている営業マンが、一体どのくらいいるでしょうか。また、売上を確実に回収する究極の責務を負っている部署は、管理部門の法務部(あるいは総務部)ですが、果たして十二分に機能しているでしょうか。

私は、日頃から収支のバランスのとれた健全な事業会社のみならず、業績が悪化し窮境状態に陥った多くの事業会社のご相談にも乗っています。後者のような経済的にひっ迫した事業会社は、往々にして売掛金や立替金を適切に回収できておらず、酷いものになると消滅時効にかかってしまったとか、債務者が行方不明で連絡が取れない等の理由で、相当な金額の債権を回収できず、本来であれば回収した売掛金を充てるはずだった従業員の給与や仕入れ代金を支払えないという本末転倒な状況にあることが多いです。このような状況下で、経営者や幹部、現場の社員の皆様は、既に発生している債権にはあまり注意を払わず、血眼になって新規契約の受注に奔走しているというケースもあります。

このような非効率な状況を改善したい。「自分たちが汗水たらして稼いだお金は、漏れなく確実に回収する。それが会社を守ることであり、ひいては自分たちを大切にすることである」という当たり前の発想を実現したいという思いから、本稿から数回に分けて、債権回収の勘所を基本から丁寧に解説することとしました。どうぞ最後までお付き合いください。

★基本用語:

  •  債権:相手方に対し、一定の行為をするよう要求できる権利
  •  債務:相手方に対し、一定の行為をしなければならない義務
  •  売掛金(売掛債権):売主が商品を売ったものの、まだ買主から代金を受領していない状態を「売掛」、売掛になっている代金を「売掛金」という。売掛金の支払いを要求できる権利を「売掛債権」というが、売掛金と売掛債権を区別せずに使うこともある。
  •  買掛(買掛金債務):買主が商品を買ったものの、まだ売主に代金を支払っていない状態を「買掛」、買掛になっている代金を「買掛金」という。買掛金の支払をしなければならない義務を「買掛債務」という。

この記事で分かること

  • 債権回収の合言葉
  • 債権回収の基本的な流れ

「売上なくして利益なし」「回収なくして売上なし」

会社が利益を上げるには、まず何よりも売上をあげることが不可欠です。売上をあげて、原価や必要経費を差し引いた残りが「利益」ですから、何を差し置いてもこの「売上」を上げることが第一のミッションであることは間違いありません。「売上なくして利益なし」です。

しかし、損益計算書(PL)に「売上」として計上するだけで満足しては意味がありません。この「売上」を実際に現金という形で回収して初めて、従業員への給与の支払や借入金の返済に充てることができるのです。また、ケースによっては、売掛金を回収するために想定外のコストがかかる場合もありますので、この債権回収に要するコストを差し引いた残額を正味の「利益」として、会社の資金計画を立てる必要があります。

このように、債権を回収して初めて売上が上がったと考えるべきであるという意味で、「回収なくして売上なし」です。このことをしっかり心にとめておいてください。

次に、債権回収という視点で商取引の基本的な流れを見てみます。

取引の開始

  • 取引相手に関する情報を収集する。

取引を開始する際、通常であれば相手方が信用に足る会社(又は人物)であるかどうか調査します。(この調査をしっかりやらない事業者もいますが…)

(1)相手方が会社の場合

まず、相手方の商業登記簿謄本を入手して会社の概要を把握するとともに、相手方の不動産登記簿謄本も入手して、どこにどのような不動産を持っているか押さえておきます。不動産登記簿謄本の「乙区」を見れば、いつ、誰にいくら借り入れたか、利息、差押や滞納処分の有無等の情報が読み取れますので、相手方の財産状況がある程度推測できます。また、いざというときに、当該不動産を差し押さえるなどして債権を回収できます。

更に、相手方の代表者(又はキーパーソン)と直接面談し、その性格や印象を見極め、取引の目的や動機も聞き出します。また、取引開始前の段階で、相手方の内部資料などもらえる資料はできる限りもらっておきましょう。更に、相手方の本社や事業所、工場を直接訪問し、従業員や職場の雰囲気を観察しておきましょう。現場から読み取れることはたくさんあります。

(2)相手方個人の場合

免許証やパスポート、住民票等の提示を求め、取引相手が誰なのか明確に確認します。場合によっては、相手方が当該取引をする権限があることを明確にするために、委任状の提出を求めることも必要です。また、将来の強制執行に備えて、相手方の勤務先(給与債権)、保有不動産の不動産登記簿謄本を入手しておきましょう。不動産登記はオンラインでも取得できます(https://www1.touki.or.jp/)。

  • 契約書の作成

相手方が一応信用できそうだと判断したら、次に契約書(又は取引基本契約書※)を作成します。担保をとれた場合、担保権設定契約書等も作成します。

我が国の民事訴訟は証拠主義です。いくら口頭で「●●の事実があった」と主張しても、客観的な証拠がなければ裁判官はその事実があったものと認定してくれませんので、訴訟に勝つことはできません。契約書は「処分証書」の典型例であり、訴訟になった場合最重要の証拠となります。取引開始前の段階で、本取引におけるオリジナルな取引条件、自社にとって不利な条項を極力排除したしっかりした内容の契約書を作成しましょう。このことは、様々な書籍やセミナー、インターネット上のブログで繰り返し強調されているところですが、実際はネットや書籍からひな形を拾ってきて、甲乙の名前だけ変えてすませてしまい、後になってトラブルになるケースが後を絶ちません。面倒くさがらずに、重要なリスク管理業務であることを認識して、契約締結に臨んでください。

併せて、担保をとることができたら、権利を保全するために対抗要件(不動産に抵当権を設定した場合、登記)を具備して、第三者にも対抗(権利の存在を理由に優先権を主張すること)できるようにしましょう。

取引基本契約書

 同じ相手と反復継続して取引する場合、取引のたびに新たな契約書を作成するのは煩雑である。そこで、取引開始時点で、毎回の個別取引に共通する条件については、継続的取引のすべてに適用される契約書で決定することとし、個別の取引では都度異なる事項だけを取り決めることが多い。この継続的取引全てに適用される契約書を「取引基本契約書」といい、個々の取引を「個別契約書」という。

債権管理

取引額の増減や入金状況、取引相手の経済状態の変化等に注意し、問題があるようであれば取引を中止するなどして、相手方との取引について適切な処置を講じていくことを「債権管理」といいます。万が一、相手方と紛争になり訴訟に発展した場合に備えて、十分な証拠を集め、いつでも取り出せるように整理しておくことも重要です。

債権回収

相手方が契約書どおりに代金を払ってくれれば、何の問題もありません。しかし、実際は、ここ数ヶ月売上が落ちたとか、取引先の経営が苦しいとかでこっちも代金を支払ってもらえていないから等と様々な理由をつけて、契約書どおりに代金を支払ってくれないケースが出てきます。そのような場合、どうやって相手方に代金を支払わせるか、ここが債権回収の山場です。

  • 任意の回収

まずは、相手方とよく話し合いましょう。その際、相手方が支払えないとする理由を十分ヒアリングし、その説明におかしな部分がないか確認します。納得がいかなければ何度も質問しましょう。必要に応じて、相手方の主張の裏付けとなる資料を提示してもらうことも検討してください。

  • 担保による回収

取引開始時に担保を取っておいた場合、この担保権を実行することにより債権を回収することができます。実際に担保権を実行しなくとも、担保を取得し対抗要件を具備しているというだけで、相手方に「きちんと約束通り支払わなければ、担保権を実行するぞ!」という心理的プレッシャーをかけられますので、相手方が任意に支払ってくる可能性が高まります。また、担保権は各種の倒産手続きにおいても優先的に取り扱われますので、万が一相手方が倒産した場合でも、自社は有利な立場を守ることができます。

  • 強制的な回収

相手方が任意に支払わず、担保もとれなかったという場合、最後の手段として裁判所に訴訟提起して勝訴判決をもらいます。大多数は、この時点で相手方は判決文に記載された金額を支払ってくるケースが多いのです。

しかし、「裁判で負けても絶対に支払わない」という強硬姿勢を崩さない相手方も一定数います。

その場合、相手方の保有資産に対して強制執行を申し立てて、強制的に債権を回収することになります。この場合、訴訟手続で勝訴判決を獲得した弁護士が、引き続き強制執行についても代理人として活動することが多いと思われます。もっとも、強制執行手続は別手続ですから、訴訟本体とは別に、新たな委任契約を締結して別途弁護士報酬を追加で支払わなければならないケースが多いと思われます。

最後に

以上が、債権回収の基本的な流れです。「取引開始」の部分は若干詳しく説明しましたが、まだまだほんの一部です。債権管理、債権回収と言っても様々な手法や留意点がありますし、未回収の債権がいくらかによっては、回収に要する費用とのバランス(費用対効果)が気になることもあるでしょう。

そこで、引き続き数回に分けて、債権回収の勘所や裁判手続の概要を解説してまいります。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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医療機関も破綻する時代!これから開業を考えているドクターに知っておいて頂きたいこと④~歯科特有の問題点 https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/10/27/20231027/ Fri, 27 Oct 2023 06:49:56 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=375

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。 前2回のブログ(https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/08/07/20230807/) (https://blog.takas ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

前2回のブログ(https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/08/07/20230807/)

(https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/08/20/20230820/)で、ここ数年、病院・診療所の休廃業・解散、倒産が増えていること、クリニックの経営には、「患者数の減少」、「診療報酬点数の低下」、「診療報酬審査の厳格化」の三重苦に加え、措置法26条という税制優遇措置の廃止の可能性というリスクが潜んでいることを解説しました。

このような診療所の休廃業・解散、倒産が増えていることの背景事情には、医科・歯科特有の事情も存在します。本稿では、歯科に特有な事情について解説します。

この記事で分かること

医療機関の休廃業が増加している背景事情、特に歯科特有の問題

医科と比較して診療報酬が低い

 まず最初に挙げられるのは、仮に同じ時間診療したとしても、歯科は医科と比較して得られる診療報酬が低い点があります。

 例えば、一般的に難易度が高く高度な治療技術を要するといわれる根管治療(歯の根の治療)であっても、さほどの金額にはならないという話を聞いたことがあります。もちろん、診療報酬点数は治療内容により異なりますが、一般的に歯科はひとつの治療にある程度の時間がかかるため、一日に治療できる患者の数に限りがあると言わざるをえません。

 他方、医科の場合、たとえ単価が安くても、結果的に請求可能な診療報酬点数が多くなるケースが散見されます。

 例えば、耳鼻咽喉科で一般的に行われているネブライザー治療(喘息治療などに用いられる方法で、薬液を医療機器に入れて霧化し気管支や肺に送る治療方法)は、薬液の入ったボトルに必要なパーツを取り付け、それを患者が吸入するという簡易なものであり、その所要時間も患者一人あたりわずか15分程度です。治療1単位当たりの診療点数は低いですが、患者の回転が早いので、結果的に多くの診療報酬を計上できるのです。

 整形外科についても同様のことがいえます。毎日200人前後の患者が来院したと仮定した場合、実際に対面診療を受ける患者はその3割程度であり、残りの7割はリハビリ室での治療であるとの見解があります。リハビリ1回あたりの診療点数は低いのですが、回転数が早く、毎日多数の患者に処置をほどこせるので、結果的に計上できる診療報酬は大きくなります。

 このような差異は、医科(の特定診療科目)と歯科の治療属性に内在するものですので、ある意味仕方がないといえます。

 こうした歯科における保険診療点数の頭打ちをカバーするため、インプラント治療(※注)や歯科矯正など高額の報酬を期待できる自由診療メインにシフトしようとする歯科医師が増えてきました。

 もっとも、特にインプラント治療は、高度な専門知識と豊富な臨床経験が必要な高難度の治療方法であり、軽々に取り組める分野ではありません。しかし、単価の高い自由診療科目ということで、安易に高額の報酬を得ようと参入する歯科医が増えたため、医療過誤訴訟にまで発展するケースが頻出しています。2007年には、東京都中央区の歯科医院において、インプラント手術で70代の女性患者が窒息死した事故が発生しました。女性の死亡原因は、歯科医が下顎にドリルを挿入した際に動脈を損傷し、大量出血を起こしたことだそうです。(https://gendai.media/articles/-/50356

 このような医療事故が起きれば、多額の損害賠償請求がなされることはもちろん、何より当該クリニックの信頼が著しく毀損されて客足が止まり、場合によってはそのまま倒産・廃業に追い込まれる可能性もあります。

 このように、高額の報酬目当てに高難度の治療分野に進出し、かえって取返しのつかない事故を起こしてしまっては本末転倒といえるでしょう。

インプラント治療

医療器材を人体に埋め込むことの総称。歯科で使用されるインプラント治療が普及したため、歯科インプラントを「インプラント」と呼ぶことが一般的になった。歯を失ったあごの骨の部分に埋め込む人工歯根(フィクスチャー)、その上に取り付けられる土台(アバットメント)、歯の部分に相当する人工歯(上部構造)から成り、この3つを組み合わせて歯を失った場所を補う治療方法。

https://www.implant.ac/summary/#link01

診療科目によって配慮すべきポイントがある

 歯科の場合も医科と同様に、一般歯科、小児歯科、矯正歯科、口腔外科と専門分野が分かれていますので、これに応じた個別の配慮が必要になります。

 歯科の場合は特にそうかもしれませんが、一般歯科と小児歯科を混在させて処置することはリスキーだと言わざるをえません。

 例えば、歯科診療所の待合室では、タービンやバキュームの音、薬品の臭いなど、人によっては不安感を増幅させる要素が存在します。このようなものに触発され、あるいはおとなしく待っていることに飽きた子どもが待合室で騒いだり、処置室に入った子どもが治療中に大声で泣き続けるということはよくあることです。それにもかかわらず、歯科診療所側が何らの対策も採らなければ、一般の患者がこれを嫌い足が遠のくことになりかねません。そのため、待合室にチャイルドコーナーを設置したり、一般歯科と小児歯科を別の治療スペースに分けたりするなどの工夫が必要だと思います。また、低学年以下の子どもの治療を行う場合、必ず保護者の同席を求めるなどの対応も考えられます。

 他にも、親知らずの抜歯等口腔外科治療を行う場合、他の一般患者の診察予約時間に影響が出ないよう、週又は月の特定日をオペ専用日として予め決めてしまったり、午前若しくは午後の診療の最後の時間帯に予約を入れるなどの工夫が必要です。一般の患者が外科手術を目の当たりにすると、人によっては歯科治療に過度な不安感を抱くケースもなくはないと思われますので、その意味でも、口腔外科治療の専用日を決めてしまうというのは有効かもしれません。

診療所間の競争が激化している

 前回ブログ(https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/08/20/20230820/)において、医療機関の破綻が増加している背景として、患者数の相対的減少を指摘しました。

 すなわち、病院、一般診療所、歯科診療所いずれについても外来患者数はほとんど変化がなく、昭和62年以来ずっと横ばい状態が続いています。

 これに対し、歯科診療所はほとんど増減がなく、横ばい状態が続いています。そのため、結果的に少ないパイを大勢で奪い合う状況になっていますので、開業歯科医一件あたりの患者数が大きく減少していることは間違いないと思われます。そのため、一部の医療過疎地域を除き、歯科診療所間の競争が激化しており、患者側が診療所を選ぶイニシアチブを握っているといえます。 

 ここで、民間企業が実施した「病院選び・医者選びに関する調査(https://www.medicarelife.com/research/006/02/#:~:text)をご紹介します。

 「病院を選ぶ際に何を重視しているか」については、「病院の評判」(70.2%)、「医者の評判」(60.2%)、「近所、行きやすさ」(58.1%)、「医者・スタッフの対応の丁寧さ」(47.1%)、「医療設備・機器の充実度」(42.8%)と続いていますが、特に「評判」が最重視されていることが読み取れます。

もっとも、男女では若干傾向が異なり、「医者の評判」を重視すると回答したのは男性が5割(50.4%)に対し女性は7割(70.0%)と、19.6ポイントの開きがあります。また、女性のほうが「医者・スタッフの対応の丁寧さ」(男性35.6%、女性58.6%)、「医者・スタッフの相談のしやすさ」(男性29.2%、女性47.4%)を重視する割合が高くなっています。

物理的な設備に関しては、居住地域によって傾向が分かれます。「駐車場がある」ことを重視するか否かについては地域差が顕著で、北陸・甲信越(45.7%)、東海(51.1%)、中国・四国(49.4%)では4割半から5割強と比較的高く、北海道(22.9%)、関東(25.1%)、近畿(22.7%)が比較的低くなっています。

※出典:https://www.medicarelife.com/research/006/02/#:~:text=%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%81%E7%97%85%E9%99%A2%E3%82%92%E9%81%B8%E3%81%B6,%25)%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 次に、「実際に病院や診療所を選ぶ際、どのような情報を参考にするか」に関する調査結果もあります。

「家族や知人の評判」(69.0%)が7割で最多であり、「かかりつけの医者の紹介」(54.7%)が5割半、「病院のホームページ」(39.8%)が4割、「病院検索サイト」(26.2%)が2割半と続いています。

もっとも、年代ごとにやや傾向が異なり、「かかりつけの医者の紹介」を重視する割合は、年代が上がるほど高くなる傾向(20代42.8%、30代52.4%、40代60.8%、50代62.8%)があるようです。逆に、「病院のホームページ」は、20代4割半(44.0%)、30代5割(49.2%)、40代3割半(35.2%)、50代3割(30.8%)と、30代が比較的高くなる傾向があるようです。

とはいえ、「家族や知人の評判」は軽視できない要素です。口コミはネットの世界だけの問題ではなく、PTAやご近所のネットワークなどリアルの世界でもあっという間に広まります。

※出典:https://www.medicarelife.com/research/006/02/#:~:text=%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%81%E7%97%85%E9%99%A2%E3%82%92%E9%81%B8%E3%81%B6,%25)%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

まとめ

このように、医療機関の休廃業が増加している背景には、歯科特有の事情が存在しています。特に、歯科の場合、治療に要する労力の割には報酬が安くなりがちであることから、すぐに売上を上げたいと焦り、スキルが伴わないにもかかわらず高難度高単価の治療分野に参入して失敗したり、悪質な医療コンサルタントに手を出したりというケースが後を絶ちません(これは医科にも当てはまることです)。

歯科は、私たちが毎日美味しく栄養のある食事を採り、一日でも長く健康寿命を延ばし、人生を楽しむために必須の医療機関です。私の実家は代々歯科医師ですが、診療所の待合室には「口福」という額がかかっています。この言葉は、歯科の本質を突いた非常に含蓄のある言葉だと思っています。

地域医療の重要な一翼を担う歯科医師の皆様が、安全に開業資金を調達し、その経営基盤を強化するにはどうすればよいのか、これはまた別の機会に解説したいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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単身高齢者との賃貸借契約締結の留意点②~解除関係事務委任契約のモデル条項案~ https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/10/16/20231016/ Mon, 16 Oct 2023 07:42:31 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=352

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。 前回のブログ(単身高齢者との賃貸借契約締結の留意点①~残置物リスクを軽減するにはどうすればよいか~ (takasago-law.com))において、2023年4月12日、総務省が ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

前回のブログ(単身高齢者との賃貸借契約締結の留意点①~残置物リスクを軽減するにはどうすればよいか~ (takasago-law.com))において、2023年4月12日、総務省が昨年10月1日時点での65歳以上の高齢化率が29.0%となっていると公表したこと、特に、総人口に占める75歳以上の割合が過去最高の15.5%となったことを紹介しました。

※総務省HP人口推計(令和4年10月1日現在)

https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/index.html#:~:text=%E7%B7%8F%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E3%81%AF%EF%BC%91%E5%84%84,%E3%81%A7%E6%B8%9B%E5%B0%91%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

※総務省HP人口推計(令和4年10月1日現在)

https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/index.html#:~:text=%E7%B7%8F%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E3%81%AF%EF%BC%91%E5%84%84,%E3%81%A7%E6%B8%9B%E5%B0%91%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

これに加え、65歳以上で一人暮らしをされている方が男女ともに増加傾向にあり、令和2年には男性15.0%、女性22.1%となっていることも紹介しました(図1-1-9)。

 

※内閣府「令和4年版高齢者白書(全体版)」

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/html/zenbun/s1_1_3.html

 

その結果、一人暮らしの高齢者(主に60歳以上の方をいいます。以下、「単身高齢者」といいます)との間でアパート等の賃貸借契約(以下、単に「借家契約」といいます)を締結した場合、その単身高齢者が死亡した場合、相続人の有無や所在が分からなかったり、仮にこれらの情報を探知できても、肝心の相続人と連絡がとれないケースもあります。このような場合、亡くなった単身高齢者と締結していた借家契約をどうするのか、物件内に残された遺品(残置物)をどうするのかという難しい問題(以下、「残置物リスク」といいます)に直面することになります。後述するとおり、この問題は非常に厄介であり、正直なところ現行法では解決困難であると言わざるを得ません。そのため、賃貸用建物のオーナーが単身高齢者にアパート等を賃貸することに躊躇してしまい、その結果、居住用物件を借りたくても借りられない、住居を確保できない単身高齢者が増加していることが社会問題になっています。

また、単身高齢者の住宅需要が高まっている以上、これを無視することはオーナーにとってもビジネスチャンスの喪失であり、できる限り対応すべき問題であるともいえます。

 そこで、前回(単身高齢者との賃貸借契約締結の留意点①~残置物リスクを軽減するにはどうすればよいか~ (takasago-law.com))から引き続き、単身高齢者と住居用物件の賃貸借契約を締結する際の注意点、残置物リスクを軽減する方法を解説します。

本稿では、解除関係事務委任契約書の条項を具体的にどのように作成すればよいのか、具体的な条文例の一部をご紹介します。

オーナー様におかれましては、単身高齢者から入居申込を不必要に拒否することのないよう、本稿で正しい法律知識とテクニックを学んでいただきたいと思います。

この記事でわかること

  • 解除関係事務委任契約とは
  • 解除関係事務委任契約のモデル条項例
  • 居住支援法人とは

解除関係事務委任契約とは

解除関係事務委任契約とは、賃貸借契約存続中に賃借人が死亡した場合、合意解除の代理権、賃貸人からの解除の意思表示を受ける代理権を受任者に授与する内容の委任契約です。

賃借人が死亡すると、その賃借人たる地位は相続人に相続されますが、賃貸借契約が解除されると、賃借人の地位を相続した相続人は、その地位を喪失することになります。そのため、解除関係事務委任契約に基づく代理権の行使は、賃借人の相続人の利害に大きな影響を与えることになりますので、解除関係事務委任契約の受任者は、まずは賃借人の推定相続人の中から選ぶとよいでしょう。

 とはいえ、単身高齢者の場合、親族と疎遠になっているケースも多く、推定相続人の中から受任者を選ぶことが困難であることも多いと思います。

このような場合、「居住支援法人」(住宅セーフティネット法に基づき、居住支援を行う法人として都道府県が指定する)に問い合わせることをお勧めします。詳細は後述します。

 賃貸借契約の解除をめぐっては、賃貸人と賃借人(の相続人)の利害が対立するので、解除関係事務委任契約を締結する際、賃貸人を受任者とすることは避けるべきです。仮に、賃貸人を受任者として解除関係事務委任契約を締結すると、賃借人の利益を一方的に害するおそれがあるので、民法90条や消費者契約法10条に違反し無効とされる可能性があります。

 また、賃貸物件の管理会社が受任者になることも考えられますが、直ちに無効になるとはいえないものの、管理業務の依頼者である賃貸人の利益を優先することがないとはいえないので、あまり望ましくありません。やはり、第一次的には、居住支援法人等の支援団体に問い合わせるべきだと思います。

 実務運用としては、賃貸人が賃借人と賃貸借契約を締結する前に、賃借人が第三者と解除関係事務委任契約を締結し、その受任者の氏名・名称・連絡先等を賃貸人に通知したうえで、賃貸人と賃貸借契約を締結するという順番になるものと思われます。

 また、賃貸借契約期間中に解除関係事務委任契約が解除されるなどした場合に備えて、賃借人は直ちに第三者と新たに解除関係事務委任契約を締結し、賃貸人に対してその旨を通知すべき規定を設けておくべきでしょう。

居住支援法人とは

「居住支援法人」とは、「住宅確保要配慮者居住支援法人」の略称で、住宅確保要配慮者(低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子供を養育する者、その他住宅の確保に特に配慮を要する者)の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るため、住宅確保要配慮者に対し家賃債務保証の提供、賃貸住宅への入居に係る住宅情報の提供・相談、見守りなどの生活支援等を実施する法人として都道府県が指定するものです(住宅セーフティネット法第40条)。

これは、補助事業の対象になっており、毎年4月に募集がかけられます。詳細は、下記にお問い合わせください。 

【事務局】

  居住支援法人サポートセンター

   〒135-0016 東京都江東区東陽5-30-13-907号

   T E L :03-6659–8668

   E-Mail:info@mrs-sc.jp

   URL:https://mrs-sc.jp(居住支援法人サポートセンターHP)

   受付時間:10:00~12:00、13:00~17:00 (土日曜、休祝日除く)

  この「居住支援法人」や居住支援を行う社会福祉法人などの第三者を、解除事務関係委任契約の受任者とすることが考えられますので、ぜひ一度ご相談になってみてください。

※出典:「居住支援法人制度の概要」

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001615068.pdf

●「居住支援法人一覧」(令和5年9月末日現在)

 (https://www.mlit.go.jp/common/001465934.pdf

具体的な条項例

第〇条(本賃貸借契約の解除に係る代理権)

委任者は、受任者に対して、委任者を賃借人とする別紙賃貸借契約目録記載の賃貸借契約(以下「本賃貸借契約」という)が終了するまでに賃借人である委任者が死亡したことを停止条件として、①本賃貸借契約を賃貸人との合意により解除する代理権及び②本賃貸借契約を解除する旨の賃貸人の意思表示を受領する代理権を授与する。

001407753.pdf (mlit.go.jp)

第〇条(受任者の義務)

受任者は、本賃貸借契約の終了に関する委任者(委任者の地位を承継したその相続人を含む。以下、この状において同じ)の意向が知れているときはその内容、本賃貸借契約の継続を希望する委任者が目的建物の使用を必要とする事情その他一切の事情を考慮して、委任者の利益のために、本契約に基づく委任事務を処理する義務を負う。

001407753.pdf (mlit.go.jp)

元の委任者(賃借人)の意向(例えば、「長男が住みたいと言えば住まわせてあげてほしい」など)や委任者たる地位を相続して委任者となった相続人の意向が知れている場合にはその内容、賃貸借契約の継続を希望する相続人がいる場合、その相続人が当該建物を必要とする事情を考慮しつつ本契約の委任事務を処理すべきでしょう。

第〇条(本契約の終了)

以下の各号に掲げる場合には、本契約は終了する。

①本賃貸借契約が終了した場合

②受任者が委任者の死亡を知った時から●ヶ月が経過した場合

001407753.pdf (mlit.go.jp)

本賃貸借契約が終了した場合、本賃貸借契約終了に関する代理権を授与すること自体が無意味になるので、①を終了事由としました。

他方、②については、例えば、委任者(賃借人)の相続人が委任者(賃借人)の賃貸借契約上の地位を承継することを希望しているため、受任者が賃貸借契約の終了に関する代理権を行使しないでほしいと考えているケースを想定したものです。このような場合であっても、解除関係事務委任契約が当然に終了するわけではないので、一定期間の経過により本契約を終了させることとしました。

また、「受任者が委任者の死亡を知ったとき」としたのは、単身高齢者の賃借人が死亡した事実を、受任者が知らないまま長期間が経過することも考えられるからです。また、受任者が委任事務を処理している最中に本契約が終了してしまったなどということにならないようにするためです。

まとめ

以上が、単身高齢者との間で借家契約を締結しようとする場合に生じる、残置物リスクを低減するための「解除関係事務委任契約」の条項例です。この契約書を実際に運用するには、「居住支援法人」の活用など様々な工夫が合わせ必要になってきますので、弁護士や社会福祉士、自治体など専門家へのご相談も併せてご検討ください。

 最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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不動産強制執行の実務①~平成から令和の不動産競売の動向を振り返ろう https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/10/04/20231004/ Wed, 04 Oct 2023 08:07:38 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=350

 皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。  昨今、動産・債権譲渡担保、知的財産担保、更には「担保や保証に頼らない融資」など新しい融資手法が出現していますが、それでも掌握する担保価値の大きさ故に決して軽視できないのは不動 ... ]]>

 皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

 昨今、動産・債権譲渡担保、知的財産担保、更には「担保や保証に頼らない融資」など新しい融資手法が出現していますが、それでも掌握する担保価値の大きさ故に決して軽視できないのは不動産担保であり、その究極の債権回収手段が本稿でご紹介する不動産競売です。

 ところが、不動産競売手続は裁判所主導で進められることに加え、他の強制執行手続類型に比してそこまで件数が多くないということもあり、一般にあまり知られていない部分が多いと思います。

 そこで、本稿から数回に分けて、不動産競売の世界をご紹介致します。

この記事でわかること

平成~令和の不動産市場の動向

不動産強制執行の「全盛期」

裁判所が新規に受け付けた事件数を「新受件数」といいますが、【表1】は全国の不動産執行手続(担保不動産競売、強制管理、担保不動産収益執行を含む全件数)の新受件数、既済件数、未済件数を取りまとめた統計資料です。

【表1】「裁判所データブック2023」https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2023/databook2023/db2023_212.pdf

これをみると、新受件数は平成5年(1993年)に62,891件、平成10年(1998年)に78,538件に達し、ピークを迎えました。ご承知のとおり、1980年代後半からの異常な地価高騰を見せたバブル経済時代、土地を担保に高額の融資が次々と行われましたが、1991年(平成3年)から始まった地価の急落により、担保価値が融資額を下回る担保割れの状態が発生しました。これにより、銀行は大量の不良債権を抱え込むことになり、未曾有の不景気で会社の事業収益は軒並み大きく低下しました。1998年は自殺者が初めて30,000人を超え、日本長期信用銀行や日本債券信用銀行が相次いで破綻するなど、現在にも語り継がれる平成不況の負の部分が噴出した時期でした。

このように、バブル崩壊後、債権回収のために不動産競売の新受件数は右肩上がりとなりますが、逆に、買い手の減少により競売市場は冷え込んでしまい、競売不動産の売却が進まず、執行裁判所は大量の未済件数(未処理事件)を抱えることになってしまいました。1994年(平成6年)の未済件数は108,093件、1998年は128,539件まで膨れ上がりました。

このような大量の未済案件を解消するため、裁判所はいち早く業務システムを導入するとともに、裁判官や書記官を増員するなどマンパワーの拡充を図りました。また、長らく問題となっていた執行妨害(この問題はまた別の記事で紹介します)を排除することを目的に、1996年(平成8年)、1998年(平成10年)、2003年(平成15年)、2004年(平成16年)と立て続けに民事執行法を改正していきました。更に、以前は裁判所の閲覧室までわざわざ足を運ばなければ物件情報を確認できなかった不便さを解消し、全国の不動産競売情報をインターネットで確認することができるようにしました(不動産競売物件情報サイトBIT:https://www.bit.courts.go.jp/app/top/pt001/h01

これらの取組が徐々に奏功し、景気が少しずつ回復傾向に入った頃、新受件数及び未済件数も徐々に落ち着き始めました。リーマンショック直前の2007年(平成19年)には新受件数54,920件、未済件数43,408件まで減少しています。

不動産競売市場の不振

ところが、執行手続の改善やマンパワーの増員等により、せっかく不動産競売制度全般が落ち着き始めたというのに、2003年(平成15年)頃から新受件数が減少し始めます。これは、日本の景気が回復傾向に入ったからというのもあるのですが、これに加え、民主党政権下の2009年(平成21年)に施行された金融円滑化法(中小企業や住宅ローンの返済負担を軽減)も新受件数減少に拍車をかけたと推測されており、この傾向はその後も長く続きます。実際、リーマンショックの年(2008年(平成20年))は、前年よりも不動産競売新受件数が12,000件も多かったのですが、2010年には逆に前年比15000件超も減少してしまいました。

金融円滑化法が2013年(平成25年)に終了した後も、現在に至るまで不動産競売事件は減り続けています。【図●】を見ても、令和4年の新受件数は15,449件にとどまり、ピーク時の2割にも満たない状況です。

 その一方、不動産競売手続にかけられた物件の売れ行きは非常に好調で、全国平均で7~8割の不動産が初回の開札期日で売却されていると言われています。特に、東京地裁や大阪地裁では、「競売すれば必ず売れる」という状況が続いています。

もっとも、当事者にとって最大の関心事である落札価格と売却基準価額の間に大きな開き(乖離率)が生じています。これは、裁判所の設定する売却基準価格が、マーケットの実態からかけ離れすぎていることを示しています。この乖離を埋めるため、一部の裁判所では、「競売市場修正率」(事前に内覧できない、契約不適合責任(改正前民法の瑕疵担保責任)を問えない等競売特有の事情を考慮して、市場価格から一定額を割り引いて競売における価格を決める場合、その割引率)を小さくして、なるべく市場価格に近い金額で売却できるようにする裁判所も出てきています。最近の落札価格は、競売市場修正を行う前の評価額よりも高いものも多くみられるようになりました。また、不動産競売の方が、一般の不動産市場で売却される際の価格(卸値価格)よりも高値で売れるケースも出てきていると言われています。

それでも不動産競売は増えない

このように、執行制度も改善され、市場価格と同等とは言えないまでも割と良い値段で売却できるようになったにもかかわらず、不動産競売手続を選択する金融機関は多くありません。それはなぜなのでしょうか。

 真の理由は不明ですが、一般的には次のような見方が示されています(「事業再生と債権管理」170号132頁)。もっとも、何か客観的な根拠があるわけではありません。

  • 経済政策や金融政策の一環として、不動産競売の申立にブレーキをかけている
  • 金融機関が「競売は安い」という固定観念にとらわれている
  • 不動産競売では、申立~配当に6か月~1年かかるので、金融機関はより短い期間で処理できる民間の任意売却を選択してしまう。
  • 私的整理の手法が普及してきたため、担保不動産を売却しないケースや、任意売却が成立するケースが増えてきた。金融円滑化法による措置が平成25年(2013年)3月に終了した後も、金融機関が中小企業のリスケジュール要請に引き続き応じていること、中小企業金融モニタリング体制の効果などが影響しているものと思われる。

近年、このような不動産競売の新受件数の減少に対応するため、執行裁判所もいくつか取組を始めています。

  • 手続の迅速化

分譲マンションのように、類似案件が多く調査時間が比較的短くてすむ競売事件については、通常の不動産競売事件よりも手続に要する期間を短縮したり、手続を簡略化したり、優先的に取り扱うなどの工夫をすることで、競売手続に要する時間を短くする試みがなされています。

 具体的な内容は別の機会に説明しますが、「配当要求終期期間」、「現況調査報告書、評価書の提出期限」を短縮すること、「売却実施処分」を優先的に行うことなどが実施されています。これにより、東京地裁や大阪地裁の調査によれば、最速の場合、通常事件の約半分程度の期間で手続を完了できるようになったといわれています。

 また、これらの取組により、裁判所職員にも「不動産競売にかかる時間を短くしよう」という意識が醸成されるようになったともいわれています。実際、最近の競売事件では、申立から5か月前後で配当手続まで進められた事例も出てきているとの報告もあります(以上、「事業再生と債権管理」170号132頁)。

  • 売却価格向上に向けた取り組み

競売手続の目安となる価格(売却基準価額)は裁判所の選任した評価人(不動産鑑定士)の評価に基づいて決定されますが、先ほど説明したとおり、これは競売であること(例えば、事前に物件の状態を内覧できない、契約不適合責任(民法改正前の瑕疵担保責任)を負わない等)を理由に、一般の市場価格から一定程度割り引いて算出されます(この修正を「競売市場修正」といいます)。この競売市場修正は、数年前までは、東京地裁・横浜地裁では30%、さいたま地裁・千葉地裁では40%、鳥取地裁は50%というように、裁判所ごとに減価率が定められていました。

そのため、市場価格が2000万円の物件でも、売却基準価格は1400万円~1000万円くらいにされてしまい、競売物件の売れ行きが好調であるにもかかわらず、結果として落札価格を押し下げているのではないかという批判がありました。

そこで、これまでの競売市場修正率を見直して、売却基準価額を引き上げ、できるだけ市場価格に近い金額で落札してもらおうという動きが、全国の裁判所で起こっていると言われています(令和2年10月時点で、東京地裁本庁、さいたま地裁本庁、さいたま地裁越谷支部では20%、横浜地裁本庁ではマンションについて20%とされています)。

このように、必ずしも「不動産競売は安い」とはいえなくなってきているのです。

最後に

以上のとおり、不動産競売事件はバブル崩壊を機に一度は激増したものの、その後様々な要因により低迷しています。しかし、強力な債権回収手段であることには変わりはなく、個別事件ごとにその特性を踏まえて適切な債権回収手段を選択することが重要です。不動産競売にしても、案件の事情によってはこれを積極的にに活用していくことが求められます。次回以降で、不動産競売にまつわる様々な実務情報をお伝えしていきたいと思います。

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退職後の移籍・起業を検討中の取締役は要注意!~従業員の引き抜きと役員の損害賠償責任① https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/09/26/20230926/ Tue, 26 Sep 2023 09:37:55 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=347

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。  取締役等の役員が退任後、新会社を設立して独立したり、競合他社に好条件で移籍するということは日常的によくみられることです。会社が更なる事業拡大を目指そうとしたとき、優秀な人材の確 ... ]]>

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

 取締役等の役員が退任後、新会社を設立して独立したり、競合他社に好条件で移籍するということは日常的によくみられることです。会社が更なる事業拡大を目指そうとしたとき、優秀な人材の確保は必須ですから、退任して起業又は他社に移籍しようとする役員は、学生時代の友人や先輩後輩、業務中に知り合った取引先の担当者や役員、交流会やパーティーで名刺交換した人、ビジネススクールの同級生など様々な人脈をたどって人材獲得に奔走します。運よく素晴らしい人材に巡り合い、自分の立ち上げた会社や移籍先の会社に一緒に加入してくれることになったら万々歳。しかし、その引抜対象者からしてみれば、現勤務先との関係で常に円満退職とは限りません。特に、優秀な人材であればあるほど、当該社員の離脱が現勤務先に与えるダメージは甚大でしょう。

 本稿では、企業の成長・発展に必要な人材確保、特に、会社役員が新会社を設立又は他社に役員等として移籍するにあたり、前勤務先の従業員を引き抜いた場合に絞り、どのような法的責任を負うことになるのかについて解説します。

この記事でわかること

  • 取締役の引抜行為が競業避止義務違反に当たるのか
  • 取締役の引抜行為が忠実義務違反に当たるのか
  • 取締役の引抜行為が不法行為に当たるのか

設例

X株式会社(以下「X社」という)の取締役Yは、X社取締役を退任し、X社の事業の部類に属する取引(以下「競業取引」という)を行う甲株式会社(以下「甲社」という)を設立した。X社の社員Aらは、X社の取締役Yの在任中に退職し、その後、甲社に就職して当該取引に従事している。

 X社は、元取締役Yに対し、会社法423条1項に基づき損害賠償請求できるか。

取締役の「引抜行為」とは

まず、本稿では、取締役が、自己が株主、役員または従業員として関与する競業会社(当該取締役の在任中から存在した会社か否か、当該取締役が設立した会社か否かは問わない)へ移籍させる目的又は意図で、会社従業員に対し退職するよう勧奨する行為を「引抜行為」と定義することとします。

会社法の規定

会社法356条

 1 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。

  一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき

  二~三 省略

会社法423条

 1 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 2 取締役又は執行役が第356条第1項(第419条第2項において準用する場合を含む。以下この項において同じ)の規定に違反して第356条第1項第1号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。

取締役の引抜行為が競業避止義務違反に当たるのか

  • 前提

間違いやすいところなので注意して頂きたいのですが、取締役が自社と同種の事業を目的とする他の会社の代表取締役に就任すること、会社と同一の事業の部類に属する取引を行うことを目的とする会社を設立し、開業準備行為を行うこと自体は、会社の「事業の部類に属する取引」(会社法(以下「法」といいます)356条1項1号)には当たりません。そのため、これらの行為は、競業取引とはならず、これらに伴う引抜行為が競業避止義務違反とされることはありません。

 もっとも、取締役が会社の財産若しくは会社に属する情報を持ち込まない、会社の乗っ取り若しくは会社の得意先を奪取しない等、会社の利益を奪取することが意図されていない場合に限られると考えるべきでしょう。

  • 在任中に引抜行為をした場合

 取締役Yが在任中に従業員の引抜行為を行ったが、競業会社の事業活動の開始そのものは取締役が退任した後であった場合、あるいは、取締役自身が競業会社を経営する立場にはない場合、競業避止義務違反の問題は生じません。

このような場合にも、競業避止義務違反を肯定すべきであるとの学説もありますが、(ⅰ)引抜行為を「事業の部類に属する取引」と解することは、文言解釈の域を超える、(ⅱ)退任後の競業取引にまで会社の承認を要求し、承認を得なければ損害額推定の特則(法423条2項)が適用されるとするのは、退任後の取締役の職業選択の自由等を過度に制約するものであり、妥当ではない、との理由から、競業避止義務違反にはならないとするのが通説です。

その帰結として、取締役による引抜行為が競業避止義務違反に当たりうるのは、取締役が在任中に新会社(競業会社)を設立して事業を行い、かつ従業員の引抜行為を行って、会社従業員を新会社に移籍させた場合等であることになります。

  • 退任後に引抜行為をした場合

取締役が退任後に引抜行為をした場合、競業避止義務違反、忠実義務違反及び善管注意義務違反は問題になりません。この場合、不法行為の問題、当該取締役と会社の間で退任後の競業を禁止する旨の特約が締結されていた場合、その特約違反の問題が生じるにすぎないことになります。

取締役の引抜行為が忠実義務違反に当たるか

取締役の引抜行為が忠実義務違反に該当するか否かについては、学説上、①取締役が従業員を引き抜けば(本稿における「引抜行為」に限定されない)、それだけで忠実義務違反になるという考え方(厳格説)、②取締役が行った従業員の引抜行為のうち、勧誘の方法、取締役の退任の事情、取締役と引抜対象者との関係(子飼いの部下か否か等)、引き抜かれた従業員の会社における待遇、引き抜かれた従業員の人数等会社に与える影響の程度等諸般の事情を総合考慮して不当な態様のもののみが忠実義務違反となるという考え方(不当勧誘説)があります。

同質説(取締役の忠実義務(法355条)は善管注意義務(法330条、民法644条)をより明確にしたものであり、会社の利益を犠牲にして自己の利益を図ってはならないという義務は、善管注意義務の中に当然含まれると解する立場)を前提にすると、②不当勧誘説が妥当であると考えられます。

取締役の引抜行為が不法行為に当たるか

取締役が在任中、会社の従業員に対して移籍を勧誘することは、個人の転職の自由を尊重する見地から直ちに不法行為を構成するわけではありません。その勧誘方法が背信的で一般的に許容される転職の勧誘を超える場合、社会的相当性を逸脱する引抜行為として不法行為を構成すると考えられています。

 そして、社会的相当性を逸脱するか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、引き抜かれる従業員の人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性、虚偽の情報伝達、一斉退社等)諸般の事情を総合考慮して判断されます。

                                          取締役による引抜行為
   在任中退任後
    競業会社における業務開始時期在任中 競業取引    ―
退任後債務不履行(忠実義務違反・
善管注意義務違反)
不法行為
  不法行為

まとめ

以上が、取締役が社員を引き抜く場合の法的問題点です。

会社役員が退職して起業したり、会社と対立して競合他社に移籍するということはよくあることですし、それに伴い、新事業に必要な優秀な人材を前職から引き抜くということも少なからず起こりうることです。事業の成長にとって人材確保は必須の重要事項ですが、(元)取締役の「引抜行為」が原因で損害を被ったなどとして会社から損害賠償請求されれば、新会社での業務に支障が出ますし、場合によっては高額の損害賠償を負担しなければならなくなります。

このようなトラブルを回避するために、本稿を参考に十分注意して人材確保を進めてください。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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破産が唯一の方法ではない!会社の畳み方②~「通常清算」手続の流れ https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/09/20/20230920/ Wed, 20 Sep 2023 08:16:00 +0000 https://blog.takasago-law.com/?p=345

 皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。  以前、事業継続が困難となった経営者が会社を畳む際、その手続き選択について全体像を解説しました(破産が唯一の方法ではない!会社のたたみ方①~「解散」とそれに続く「清算」の概要 ... ]]>

 皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

 以前、事業継続が困難となった経営者が会社を畳む際、その手続き選択について全体像を解説しました(破産が唯一の方法ではない!会社のたたみ方①~「解散」とそれに続く「清算」の概要 (takasago-law.com))。そこで、「解散」に続く「清算」手続のうち、「通常清算」が会社(法人)を清算する場合の最も原則的な清算手続きであり、株式会社はもちろん、それ以外の法人もその対象に含むと述べました。

 本稿では、この「通常清算」についてより詳しく、深堀して解説したいと思います。どうぞ最後までお付き合いください。

この記事でわかること

  • 「通常清算」とは何か
  • 「通常清算」の流れ
  • 「通常清算」を選択するときの留意点

通常清算とは

解散とは、会社の法人格が消滅する原因となる事由であり、会社法(以下、「法」といいます)471条に規定されています。具体的には、以下のとおりです。

  • 定款所定の存続期間の満了(例:会社成立から20年と規定した場合)
  • 定款所定の解散事由の発生(例:鉱脈が尽きたら解散すると規定していたところ、実際に鉱脈が尽きた場合)
  • 株主総会の特別決議(法309条2項11号)
  • 合併(消滅会社のみ)
  • 破産手続開始決定
  • 解散命令(法824条1項)、解散判決(法833条1項)

ここでは、株式会社に限定して解説しますが、④⑤以外の事由が原因で会社が解散した場合、最終的に株式会社をたたむには、清算手続を実施しなければなりません(法475条1号)。法475条に基づいて清算手続を行う会社(以下、「清算会社」といいます)は、清算手続が完了するまでの間、清算の目的の範囲内で存続するものとみなされます。逆に、この一連の清算手続が完了すると、会社は消滅します。

清算手続は、株式会社の財務状況により、通常清算と特別清算という2種類の手続が用意されています。

通常清算とは、会社の清算手続のうち、その財産をもって債務を完済することができる(資産超過)会社について採用される清算手続であり、会社法その他の設立の根拠法令に規定されています。

他方、特別清算とは、会社の清算手続のうち、会社の財産で債務を完済できない状態(債務超過)の株式会社について採用される清算手続をいいます。

ここまでが前回のおさらいです。本稿では、この2つの清算手続きのうち、「通常清算」を詳しく採り上げます。

清算手続の全体像

会社の廃業、清算を行おうとする場合、いきなり会社を解散させると大混乱がおきます。そのため、通常は、取引先や従業員に対して廃業予定であることを説明し、徐々に取引量を減らしていくなどして事業規模を十分縮小してから、最終段階として、解散から始まる会社法上の清算手続きに入ります。

本稿では、解散しようとする法人が株式会社であることを前提に、取引先や従業員に廃業予定であることを説明し、徐々に取引量を減らして十分に事業規模を縮小したことを前提に、いよいよ会社を解散させるところから手続の流れを解説します。

そこで、まずは前回のおさらいです。次の図をざっと眺めておいてください。

株主総会の特別決議による解散決議、清算人の選任

ず、株主総会を開催し、解散決議(法471条3号)と清算人の選任決議を行います。清算人の職務は、①現務の決了、②債権回収及び債務の弁済、③残余財産の分配です。

解散及び清算人の登記

解散決議と清算人の選任決議が完了したら、2週間以内にその旨を登記する必要があります(法926条)

各機関への解散の届出

解散の登記完了後、遅滞なく同登記事項証明書を添付した廃業届を、税務署、都道府県税事務所及び市町村に提出します。

財産目録及び貸借対照表の作成

清算人は、就任後、遅滞なく、清算株式会社の財産の現況を調査し、財産目録及び貸借対照表を作成して、株主総会の承認を受けます(法492条1項3号)。

確定申告・納税

財産目録及び貸借対照表について株主総会の承認(法492条3項)を受けた後、2か月以内に、解散事業年度(解散日の属する事業年度の開始日から解散日まで)の確定申告及び納税を行います(法人税法74条)。

債権者保護手続(債権申出の公告、個別催告)

清算株式会社は、清算開始後、遅滞なく債権者に対して一定期間内(2か月を下ることはできません(法499条))にその債権を申し出るべきこと、同期間内に申出がなかった場合は清算手続きから除斥されることを官報に公告しなければなりません。また、既に知れている債権者に対しては、その旨を個別に催告する必要があります。この債権申出期間中、清算株式会社は、原則として債務を弁済することができない一方で、この期間内に履行期が到来した債務については、債務不履行責任を免れないという点に注意が必要です。

財産の現金化、債務弁済、残余財産の分配

清算人は、清算開始後、順次現務を結了し、財産を売却するなどして現金化します。債権申出期間が経過したら、債務の弁済も行っていきます。

この作業は時間と手間がかなりかかりますので、事業年度をまたぐことも少なくありません。そのため、清算人は、解散日から1年ごとに、清算事務年度の貸借対照表及び事務報告を作成し、株主総会に提出しなければなりません(法497条1甲)そして、貸借対照表については株主紹介の承認を受け(法497条2項)、事務報告については株主総会に報告します(法497条3項)。

更に、株主総会の承認後2か月以内に、清算事務年度の確定申告及び納税も必要です(法人税法74条)。

これらの作業を完了した後、残った財産については、清算人が株主に所有株式数に応じて分配します(残余財産の分配)。

清算事務の結了、登記

全ての清算事務が完了すると、清算人は、決算報告を作成し、株主総会の承認を受けます(法507条1項3項)。

その後、2週間以内に清算結了の登記を行います(法929条1号)

清算登記が完了した後、遅滞なく、閉鎖事項証明書を添付して、清算が結了した旨を税務署、都道府県税事務所及び市町村に届出ます。

清算人は、清算結了登記から10年間、清算株式会社の帳簿資料を保存する義務を負います(法672条)。

以上で、株式会社の原則的な清算手続きである通常清算が完了です。

手続選択の留意点

このように、通常清算手続きは、資産超過(会社の資産をもって債務を完済できる状態)の会社(法人)が、裁判所の監督を受けずに、清算人を期間として自ら清算結了に向けた様々な事務を行い、会社(法人)を清算する手続きです。

そのため、迅速かつ円滑に清算手続きを進めるには、予め必要な対応事項を抽出し、必要な作業等を確認・検討するとともに、スケジュールを立てて取り組む必要があります。

また、通常清算では株主総会の特別決議(解散決議)を得るところから始まるので、そもそも事業廃止及び清算について株主の理解を得る必要があります。

また、通常清算は、(破産や特別清算などの「有事」とは異なる、いわゆる)平時において一般の法令に従って処理していく手続なので、事業廃止に予想以上の時間がかかることもありますし、取引関係の解消や契約関係の処理にあたり、多額の違約金や損害賠償を支払わなければならないこともあります。

このように、株主の理解が得られなかったり、各種契約関係の処理に要する期間や費用を賄うことができなければ、通常清算は選択できません。この場合、特別清算手続きや破産手続を検討することになります。

なお、解散と清算の原因が事業不振等による場合、清算手続が遅れれば遅れるほど会社の保有資産が費消されてしまい、債務超過に陥り、最終的に破産せざるを得ないということにもなりかねません。そのため、専門家への相談及び方針決定は、できる限り早い段階で行うようにしてください。

最後に

以上が、通常清算の流れと手続選択の留意点です。

これから会社を畳もうかご検討中の皆様のご参考になれば幸いです。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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