不動産経営の落とし穴①~サブリース契約の注意点

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

賃貸不動産経営に携わる方にとって最も怖いのは、空室が埋まらないことだと思います。空室が埋まらなければ賃料収入が入りませんので、固定資産税等の諸経費が支払えないだけでなく、借入をして賃貸物件を建築している場合、借入金の返済ができなくなります。最悪の場合、当該賃貸物件に設定された抵当権が実行されるだけであればまだよいとして、オーバーローンの場合、元オーナーが自力で残債を返済しなければなりません。

このような空室リスクに対するリスクヘッジとして、多くの場合に提案されるのが「サブリース契約」です。

ところが、このサブリース契約には大きな問題と危険が潜んでいるにもかかわらず、多くのオーナー、特に老後資金を確保するために副業として取り組む会社員、地主の方々にその傾向がみられるのですが、サブリースの孕む問題点を正確に理解していないことが多いのです。

そこで、本稿では「不動産経営の落とし穴①~サブリース契約の注意点」と題し、問題の多いサブリース契約を基礎から解説します。本稿をきっかけに、サブリースの問題点を正確に理解し、その採否を適切に判断して頂きたいと思います。

この記事で分かること

  • サブリース契約とは
  • サブリース契約の問題点

サブリース契約とは

 建物所有者(以下、単に「オーナー」といいます)が、ビルやマンション等を不動産会社(サブリース会社)に一括して賃貸し(マスターリース契約)、サブリース会社が入居者(エンドテナント)に転貸(サブリース契約)することで、建物所有者とサブリース会社双方の利益獲得を目指す事業を「サブリース事業」といいます

 サブリース事業は、サブリース会社がオーナーに一定額の賃料収入を約束して物件を一括借り上げし、借上げ賃料よりも高い転貸料でエンドテナントに転貸して利ザヤを稼ぐというビジネスモデルです。

 オーナーにとっては、①賃貸事業の専門家を活用することで、不動産賃貸経営を行えること、②サブリース会社が賃料保証することで、空室や賃料下落のリスクを回避できること、というメリットがあります。他方、サブリース会社は、自ら資金を調達して賃貸不動産を取得する必要がなく、低コストで賃貸事業を行うことができるというメリットがあります。

 サブリース事業は、転貸借契約の法形式を利用するものです。オーナーとサブリース会社の間で締結するマスターリース契約において、サブリース会社とエンドテナントの間で締結するサブリース契約(転貸借契約)について、包括的に承諾する方法が採られることが多いです。なお、マスターリース契約においてオーナーが明示の包括承諾をしていなかった事案において、黙示の承諾があったものと認定した裁判例があります(東京地判平成20年11月27日)

サブリースの問題点

平成初期のバブル時代、将来の賃料相場上昇を見越して、サブリース事業が活況を呈しました。多くの地主が金融機関から借り入れして賃貸物件を建築し、サブリース会社が賃料保証と共にこれを一括借り上げ(マスターリース契約)して、エンドテナントに転貸(サブリース契約)するというサブリース事業が流行しました。

しかし、バブル経済の崩壊により賃料相場が大幅に下落したため、サブリース会社の取得する転貸料が、オーナーに支払うべき賃料額を下回るという差損が生じたのです。

多くのサブリース会社は、かかる差損を解消するために、オーナーに賃料減額を申し入れました。しかし、交渉が決裂することも多かったため、サブリース業者は、借地借家法32条に基づく賃料減額請求権の行使を主張したのです。

これに対し、オーナー側も金融機関への借入金返済は待ったなしですから、賃料減額は死活問題です。

そこで、オーナーとサブリース業者の紛争は法定に持ち込まれ、平成15年に3件の最高裁判決が出されました。いわゆる「最高裁平成15年サブリース判決」であり、バブル崩壊の象徴的な事件であったことから、マスコミでも大々的に取り上げられました。以下、判決文の主要な争点と最高裁の判断を紹介します。

マスターリース契約への借地借家法適用の有無

本件契約(マスターリース契約)は、建物の賃貸借契約であることが明らかであるから、本件契約には、借地借家法が適用され、同胞32条の規定も適用されるものというべきである

最判平成15年10月21日判タ1140号75頁

賃料増額特約があるときの賃料減額請求の可否

あらかじめ一定の基準を決め、その基準に従って当然に賃料を増減する合意(自動改定特約、スライド条項)は、特約の内容が合理的ならば有効です。

もっとも、賃料増額特約がある場合、借地借家法32条1項の規定に優先されるかどうかは判断のわかれるところでした。

借地借家法32条1項の規定は、強行法規であって、本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最三小昭和31年31年5月15日、最二小昭和56年4月20日)、本件契約の当事者は、本件賃料自動増額特約が存するとしても、そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない

最判平成15年10月21日判タ1140号75頁

賃料減額請求の判断に際し、事業の経緯を考慮することの適否

「(マスターリース契約は)B社(サブリース会社)が、A(オーナー)の建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり、あらかじめ、AとB社との間で賃貸期間、当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え、Aが、その協議の結果を前提とした収支予測の下に、建築資金としてB社から234億円の敷金の預託を受けて、Aの所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり、いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる」

「本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は、AがB社の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって、本件契約(マスターリース契約)における重要な要素であったということができる。これらの事情は、本件契約の当事者が、前期の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから、衡平の見地に照らし、借地借家法32条1項の規定に基づく賃料が減額請求の当否(同行所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に、重要な事情として十分に考慮されるべきである」

最判平成15年10月21日判タ1140号75頁

この減額請求の当否及び相当賃料額を判断するにあたっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、本件契約において賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情、とりわけ、当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場との乖離の有無、程度等)、B社の転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の数位の見通しについての当事者の認識等)、Aの敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等をも十分に考慮すべきである

最判平成15年10月21日判タ1140号68頁

このような判断の下、サブリース業者から求められた賃料減額請求のうち、相当賃料として賃料の一部減額が認められた事案がいくつか出ています。

まとめ

以上のとおり、サブリース契約における賃借人(サブリース業者)も借地借家法の保護を受け、転貸料収入が減少すれば自動増額特約よりも借地借家法32条が優先されてしまいます。そのため、「安心の賃料保証●●年」などという謳い文句は無意味であることがお分かり頂けたかと思います。

 あくまで個人的見解ですが、サブリース特約をつけなければ客付けできないような立地の物件は避けたほうが賢明ですし、何より、オーナー自身が手間を惜しまず不動産経営についてしっかり勉強し、資金繰りや立地条件等について十分検討できるスキルと粘り強さを身に着けることが肝要であると思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

弁護士 髙砂美貴子

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