皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。
事業用、居住用問わず建物の賃貸借契約において、賃借人は賃貸人に対し、敷金や保証金、権利金・礼金など様々な名目の金員(本稿では、便宜上、「預託金・一時金」といいます)を支払う実務慣行が定着していることは周知の事実です。しかも、賃貸借契約終了時に返却されるはずの金員であるにもかかわらず、償却や敷引き等の名目でその一部又は全部を返還しないこととする特約(預託金不返還特約)が賃貸借契約書に規定されるケースもあります。
このような預託金・一時金の支払や預託金不返還特約は実務上頻繁に目にするため、特段精査することなく応じてしまう場合もあるかと思います。しかし、その法的な意味を正確に理解している法務部社員や総務担当者は、そう多くはないのではないでしょうか。
そこで、これから数回に分けて、実務上よくみられる預託金・一時金について解説し、それに関連する判例等を紹介します。第一回目は、「保証金」についてです。
この記事で分かること
- 保証金とは
- 保証金と敷金の区別基準
- 保証金の敷金性が肯定された事案・否定された事案
- 保証金の返還時期
敷金とは(確認!)
敷金とは、賃貸借契約上の債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に預託する金銭であり、賃貸借契約が終了し明渡が完了した後、賃借人の賃料未払い等の債務不履行があればこれを控除した残額を返還されるものです(民法622条の2第1項)。
敷金交付契約は、賃貸借契約に従たる契約ですが、これとは別個の契約です(最判昭和53年12月22日)。
なお、「賃貸借契約終了と明渡完了を停止条件とする返還債務を伴う、金銭所有権の移転」と評価できれば、名目如何を問わず「敷金」に該当します。
保証金とは
- 建物賃貸借契約では、多くの場合、契約締結に際し「保証金」という名称で賃借人から賃貸人に金銭が預託されます。しかし、「保証金」の法的性質は一義的に定まっているわけではなく、「保証金」にいかなる法的性質を持たせるかは、契約当事者の意思次第であり、その意思が明確でない場合、当事者の意思を合理的に解釈して決することになります(名古屋高判平成12年5月30日)。
例えば、「第●条(保証金)」と記載されている賃貸借契約書をよく見ますが、その内容を見ると「敷金」(民法622条の2)に関する約定ですので、当該契約書では「保証金」に「敷金」という法的性質を付与する意図であるということが分かる、ということになります。これはあくまで私見ですが、それならば「保証金」ではなく、端的に「敷金」と記載したほうが分かりやすいですし、明確性の点でも混乱を招かず好ましいと思います。
保証金の法的性質は、主に賃貸人たる地位の移転の場面で問題となります。すなわち、当該保証金が敷金の性質を有しているとすれば、賃貸物件の所有権が移転し賃貸人の地位もそれに付随して移転すれば、当然に保証金返還請求権も買受人に移転します。しかし、当該保証金が敷金の性質を有していないとすると、保証金返還請求権は買受人に移転しません。そうすると、旧賃貸人が無資力となったため、賃借人が資金豊富な買受人に保証金を返還してもらいたいと思っても、それは認められず、あくまで無資力の旧賃貸人から回収するしかない、ということになるのです。
もっとも、保証金の敷金性を否定しながら、買受人に保証金が承継されると判断した裁判例がいくつか存在します。
- 保証金契約は単なる消費貸借ではなく、賃貸借契約と密接不可分に結合した一種の無名契約であ」ることを理由に、保証金に関する権利義務は、ビル所有者たる賃貸人の地位に随伴するとした例(東京地判昭和46年7月29日)
- (当該保証金は)貸金としての性質を有するが、店舗賃貸借契約と密接な関連を有するとした例(大阪高判昭和58年2月25日)
- 「(保証金は)賃貸借契約と一体のものであり、賃貸人の地位に伴って承継される」とした例(東京地判平成2年5月17日)
但し、これはあくまで例外ですので、「保証金」の返還を確実なものとするために、当該保証金が敷金であることを賃貸借契約書中に明記するか、あるいは、そもそも「保証金」というワードではなく、端的に「敷金」というワードを用いるとか、「保証金」返還債務は賃貸人たる地位に伴い買受人に移転する旨を契約書の中に明記しておくべきでしょう。
敷金と保証金の区別基準
このように、保証金の法的性質は、当事者の意思の解釈により判断されます。その際に考慮される要素は、保証金の額、保証金以外の預託金(敷金)授受の有無、担保としての性格付けの取決めの存否、返還時期、建物の用途、立地・地域性等があります。
一般的に、保証金は敷金より多額ですから、月額賃料より著しく高額の保証金が授受された場合、当該保証金は敷金とは性格を異にする別個の目的で授受された金員であると判断されやすいです。
- 「保証金は、一般に、敷金とされるものより多額であり、上記敷金の趣旨のほか、借家権自体の対価等の趣旨で授受されることが多い」(東京地判平成21年10月14日)
- 高額な敷金が差し入れられた不動産が競売にかけられた事案において、「地域慣行と比較して著しく高額な保証金が差し入れられ、その全額について敷金性を認めることが相当でない場合(名目は敷金、保証金でも、その実態が建設協力金や貸金である場合等)、買受人が負担することになると見込まれる敷金額としては、地域慣行と比較して相当と認められる額(敷金相当額)を考慮するに止めるべきである」、「敷金相当額は、当該不動産が属する地域の地域的特性、不動産の類型・用途、不動産市場の状況等に加えて、当該敷金が差し入れられた経緯等事案の特殊性をも考慮して、適宜算定される」(東京競売不動産評価実務研究会、「競売不動産評価マニュアル(第3版)」(2011)102頁)
敷金性が肯定された事案
事業用賃貸借では、賃料に比して比較的多額の預託がなされるケースが多いです。
- 商業ビルの賃貸借で預託された保証金1900万円(設定時賃料の約94か月分)のうち、1710万円が敷金性あり(東京地判平成20年10月9日)
- 大阪の繁華街中心地の商業ビルの賃貸借において、賃料55か月分の全額が敷金性あり(大阪地判平成17年10月20日)
- 保証金749万円(月額賃料23万円の約32か月分)につき敷金性あり(東京地判平成19年4月27日)
- 賃料の26~72倍の預託金につき、敷金であると同時に権利金としての性格を兼ね備えるとしたうえで、競売による買受人が預託金返還請求権の全部を承継すると判示(東京地判平成12年10月26日)。
敷金性が否定された事案
- (契約書を作成するに際し、契約書に印刷されていた「敷金」という不動文字の一部を、仲介すると同時に借主の連帯保証人にもなった不動産業者Tが「保証金」と訂正し、その際契約期間中の保証金は無利子とする、契約成立の証として保証金の一部として手付金300万円を支払う等の特約が加入されていた事案において)ホテル賃貸借における11.5か月分の保証金について、敷金性が否定された(浦和地判昭和59年1月31日)
- 月額賃料54.5倍に相当する「保証金」は、敷金として賃借人の賃料不払いを担保するため交付されたものとしては、異常に高額で、その実質は賃貸人に対する貸金であると認定(東京地判平成5年10月18日)
保証金の返還時期
保証金の返還期限は、賃貸人と賃借人の合意により定められます。
この返還期限の合意が明確でないとトラブルになりがちです。特に、保証金の返還時期よりも前に賃貸借契約が終了し、明渡まで完了してしまった場合、賃貸人と賃借人の対立は先鋭化すると思います。契約書を作成する際は、最後に必ず全体を通読し、矛盾する条項が含まれていないか確認するようにしてください。
(賃貸借契約書中の保証金の返還時期に関し、「明渡を完了したときに返還する」(明渡払条項)としながら、他方では「10か年据え置きののち、10か年均等分割払いにより返還する」(分割払い条項)というように、相矛盾する契約条項が存在した事案において、契約締結時から10年以上経過したものの明渡がなされていない場合、どちらの条項を適用すべきかが争われた事案)契約条項の内容及び論理構造、契約当事者の意思並びに契約締結時の諸事情が考慮され、分割払い条項ではなく、明渡払条項が適用されると判示(名古屋高判平成12年5月30日)
まとめ
以上が保証金に関する基本事項です。
ご自身の賃貸借契約書を再度見直してみて、どのような趣旨で「保証金」という文言を用いているか確認してみてください。また、これから新たに賃貸借契約を締結しようとする方は、本稿で解説した点を参考にリーガルマネジメントに取り組んでみてください。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。