医療機関も破綻する時代!これから開業を考えているドクターに知っておいて頂きたいこと④~歯科特有の問題点

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

前2回のブログ(https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/08/07/20230807/)

(https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/08/20/20230820/)で、ここ数年、病院・診療所の休廃業・解散、倒産が増えていること、クリニックの経営には、「患者数の減少」、「診療報酬点数の低下」、「診療報酬審査の厳格化」の三重苦に加え、措置法26条という税制優遇措置の廃止の可能性というリスクが潜んでいることを解説しました。

このような診療所の休廃業・解散、倒産が増えていることの背景事情には、医科・歯科特有の事情も存在します。本稿では、歯科に特有な事情について解説します。

この記事で分かること

医療機関の休廃業が増加している背景事情、特に歯科特有の問題

医科と比較して診療報酬が低い

 まず最初に挙げられるのは、仮に同じ時間診療したとしても、歯科は医科と比較して得られる診療報酬が低い点があります。

 例えば、一般的に難易度が高く高度な治療技術を要するといわれる根管治療(歯の根の治療)であっても、さほどの金額にはならないという話を聞いたことがあります。もちろん、診療報酬点数は治療内容により異なりますが、一般的に歯科はひとつの治療にある程度の時間がかかるため、一日に治療できる患者の数に限りがあると言わざるをえません。

 他方、医科の場合、たとえ単価が安くても、結果的に請求可能な診療報酬点数が多くなるケースが散見されます。

 例えば、耳鼻咽喉科で一般的に行われているネブライザー治療(喘息治療などに用いられる方法で、薬液を医療機器に入れて霧化し気管支や肺に送る治療方法)は、薬液の入ったボトルに必要なパーツを取り付け、それを患者が吸入するという簡易なものであり、その所要時間も患者一人あたりわずか15分程度です。治療1単位当たりの診療点数は低いですが、患者の回転が早いので、結果的に多くの診療報酬を計上できるのです。

 整形外科についても同様のことがいえます。毎日200人前後の患者が来院したと仮定した場合、実際に対面診療を受ける患者はその3割程度であり、残りの7割はリハビリ室での治療であるとの見解があります。リハビリ1回あたりの診療点数は低いのですが、回転数が早く、毎日多数の患者に処置をほどこせるので、結果的に計上できる診療報酬は大きくなります。

 このような差異は、医科(の特定診療科目)と歯科の治療属性に内在するものですので、ある意味仕方がないといえます。

 こうした歯科における保険診療点数の頭打ちをカバーするため、インプラント治療(※注)や歯科矯正など高額の報酬を期待できる自由診療メインにシフトしようとする歯科医師が増えてきました。

 もっとも、特にインプラント治療は、高度な専門知識と豊富な臨床経験が必要な高難度の治療方法であり、軽々に取り組める分野ではありません。しかし、単価の高い自由診療科目ということで、安易に高額の報酬を得ようと参入する歯科医が増えたため、医療過誤訴訟にまで発展するケースが頻出しています。2007年には、東京都中央区の歯科医院において、インプラント手術で70代の女性患者が窒息死した事故が発生しました。女性の死亡原因は、歯科医が下顎にドリルを挿入した際に動脈を損傷し、大量出血を起こしたことだそうです。(https://gendai.media/articles/-/50356

 このような医療事故が起きれば、多額の損害賠償請求がなされることはもちろん、何より当該クリニックの信頼が著しく毀損されて客足が止まり、場合によってはそのまま倒産・廃業に追い込まれる可能性もあります。

 このように、高額の報酬目当てに高難度の治療分野に進出し、かえって取返しのつかない事故を起こしてしまっては本末転倒といえるでしょう。

インプラント治療

医療器材を人体に埋め込むことの総称。歯科で使用されるインプラント治療が普及したため、歯科インプラントを「インプラント」と呼ぶことが一般的になった。歯を失ったあごの骨の部分に埋め込む人工歯根(フィクスチャー)、その上に取り付けられる土台(アバットメント)、歯の部分に相当する人工歯(上部構造)から成り、この3つを組み合わせて歯を失った場所を補う治療方法。

https://www.implant.ac/summary/#link01

診療科目によって配慮すべきポイントがある

 歯科の場合も医科と同様に、一般歯科、小児歯科、矯正歯科、口腔外科と専門分野が分かれていますので、これに応じた個別の配慮が必要になります。

 歯科の場合は特にそうかもしれませんが、一般歯科と小児歯科を混在させて処置することはリスキーだと言わざるをえません。

 例えば、歯科診療所の待合室では、タービンやバキュームの音、薬品の臭いなど、人によっては不安感を増幅させる要素が存在します。このようなものに触発され、あるいはおとなしく待っていることに飽きた子どもが待合室で騒いだり、処置室に入った子どもが治療中に大声で泣き続けるということはよくあることです。それにもかかわらず、歯科診療所側が何らの対策も採らなければ、一般の患者がこれを嫌い足が遠のくことになりかねません。そのため、待合室にチャイルドコーナーを設置したり、一般歯科と小児歯科を別の治療スペースに分けたりするなどの工夫が必要だと思います。また、低学年以下の子どもの治療を行う場合、必ず保護者の同席を求めるなどの対応も考えられます。

 他にも、親知らずの抜歯等口腔外科治療を行う場合、他の一般患者の診察予約時間に影響が出ないよう、週又は月の特定日をオペ専用日として予め決めてしまったり、午前若しくは午後の診療の最後の時間帯に予約を入れるなどの工夫が必要です。一般の患者が外科手術を目の当たりにすると、人によっては歯科治療に過度な不安感を抱くケースもなくはないと思われますので、その意味でも、口腔外科治療の専用日を決めてしまうというのは有効かもしれません。

診療所間の競争が激化している

 前回ブログ(https://blog.takasago-law.com/index.php/2023/08/20/20230820/)において、医療機関の破綻が増加している背景として、患者数の相対的減少を指摘しました。

 すなわち、病院、一般診療所、歯科診療所いずれについても外来患者数はほとんど変化がなく、昭和62年以来ずっと横ばい状態が続いています。

 これに対し、歯科診療所はほとんど増減がなく、横ばい状態が続いています。そのため、結果的に少ないパイを大勢で奪い合う状況になっていますので、開業歯科医一件あたりの患者数が大きく減少していることは間違いないと思われます。そのため、一部の医療過疎地域を除き、歯科診療所間の競争が激化しており、患者側が診療所を選ぶイニシアチブを握っているといえます。 

 ここで、民間企業が実施した「病院選び・医者選びに関する調査(https://www.medicarelife.com/research/006/02/#:~:text)をご紹介します。

 「病院を選ぶ際に何を重視しているか」については、「病院の評判」(70.2%)、「医者の評判」(60.2%)、「近所、行きやすさ」(58.1%)、「医者・スタッフの対応の丁寧さ」(47.1%)、「医療設備・機器の充実度」(42.8%)と続いていますが、特に「評判」が最重視されていることが読み取れます。

もっとも、男女では若干傾向が異なり、「医者の評判」を重視すると回答したのは男性が5割(50.4%)に対し女性は7割(70.0%)と、19.6ポイントの開きがあります。また、女性のほうが「医者・スタッフの対応の丁寧さ」(男性35.6%、女性58.6%)、「医者・スタッフの相談のしやすさ」(男性29.2%、女性47.4%)を重視する割合が高くなっています。

物理的な設備に関しては、居住地域によって傾向が分かれます。「駐車場がある」ことを重視するか否かについては地域差が顕著で、北陸・甲信越(45.7%)、東海(51.1%)、中国・四国(49.4%)では4割半から5割強と比較的高く、北海道(22.9%)、関東(25.1%)、近畿(22.7%)が比較的低くなっています。

※出典:https://www.medicarelife.com/research/006/02/#:~:text=%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%81%E7%97%85%E9%99%A2%E3%82%92%E9%81%B8%E3%81%B6,%25)%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 次に、「実際に病院や診療所を選ぶ際、どのような情報を参考にするか」に関する調査結果もあります。

「家族や知人の評判」(69.0%)が7割で最多であり、「かかりつけの医者の紹介」(54.7%)が5割半、「病院のホームページ」(39.8%)が4割、「病院検索サイト」(26.2%)が2割半と続いています。

もっとも、年代ごとにやや傾向が異なり、「かかりつけの医者の紹介」を重視する割合は、年代が上がるほど高くなる傾向(20代42.8%、30代52.4%、40代60.8%、50代62.8%)があるようです。逆に、「病院のホームページ」は、20代4割半(44.0%)、30代5割(49.2%)、40代3割半(35.2%)、50代3割(30.8%)と、30代が比較的高くなる傾向があるようです。

とはいえ、「家族や知人の評判」は軽視できない要素です。口コミはネットの世界だけの問題ではなく、PTAやご近所のネットワークなどリアルの世界でもあっという間に広まります。

※出典:https://www.medicarelife.com/research/006/02/#:~:text=%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%81%E7%97%85%E9%99%A2%E3%82%92%E9%81%B8%E3%81%B6,%25)%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

まとめ

このように、医療機関の休廃業が増加している背景には、歯科特有の事情が存在しています。特に、歯科の場合、治療に要する労力の割には報酬が安くなりがちであることから、すぐに売上を上げたいと焦り、スキルが伴わないにもかかわらず高難度高単価の治療分野に参入して失敗したり、悪質な医療コンサルタントに手を出したりというケースが後を絶ちません(これは医科にも当てはまることです)。

歯科は、私たちが毎日美味しく栄養のある食事を採り、一日でも長く健康寿命を延ばし、人生を楽しむために必須の医療機関です。私の実家は代々歯科医師ですが、診療所の待合室には「口福」という額がかかっています。この言葉は、歯科の本質を突いた非常に含蓄のある言葉だと思っています。

地域医療の重要な一翼を担う歯科医師の皆様が、安全に開業資金を調達し、その経営基盤を強化するにはどうすればよいのか、これはまた別の機会に解説したいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

弁護士 髙砂美貴子

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