単身高齢者との賃貸借契約締結の留意点②~解除関係事務委任契約のモデル条項案~

皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

前回のブログ(単身高齢者との賃貸借契約締結の留意点①~残置物リスクを軽減するにはどうすればよいか~ (takasago-law.com))において、2023年4月12日、総務省が昨年10月1日時点での65歳以上の高齢化率が29.0%となっていると公表したこと、特に、総人口に占める75歳以上の割合が過去最高の15.5%となったことを紹介しました。

※総務省HP人口推計(令和4年10月1日現在)

https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/index.html#:~:text=%E7%B7%8F%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E3%81%AF%EF%BC%91%E5%84%84,%E3%81%A7%E6%B8%9B%E5%B0%91%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

※総務省HP人口推計(令和4年10月1日現在)

https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/index.html#:~:text=%E7%B7%8F%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E3%81%AF%EF%BC%91%E5%84%84,%E3%81%A7%E6%B8%9B%E5%B0%91%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

これに加え、65歳以上で一人暮らしをされている方が男女ともに増加傾向にあり、令和2年には男性15.0%、女性22.1%となっていることも紹介しました(図1-1-9)。

 

※内閣府「令和4年版高齢者白書(全体版)」

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/html/zenbun/s1_1_3.html

 

その結果、一人暮らしの高齢者(主に60歳以上の方をいいます。以下、「単身高齢者」といいます)との間でアパート等の賃貸借契約(以下、単に「借家契約」といいます)を締結した場合、その単身高齢者が死亡した場合、相続人の有無や所在が分からなかったり、仮にこれらの情報を探知できても、肝心の相続人と連絡がとれないケースもあります。このような場合、亡くなった単身高齢者と締結していた借家契約をどうするのか、物件内に残された遺品(残置物)をどうするのかという難しい問題(以下、「残置物リスク」といいます)に直面することになります。後述するとおり、この問題は非常に厄介であり、正直なところ現行法では解決困難であると言わざるを得ません。そのため、賃貸用建物のオーナーが単身高齢者にアパート等を賃貸することに躊躇してしまい、その結果、居住用物件を借りたくても借りられない、住居を確保できない単身高齢者が増加していることが社会問題になっています。

また、単身高齢者の住宅需要が高まっている以上、これを無視することはオーナーにとってもビジネスチャンスの喪失であり、できる限り対応すべき問題であるともいえます。

 そこで、前回(単身高齢者との賃貸借契約締結の留意点①~残置物リスクを軽減するにはどうすればよいか~ (takasago-law.com))から引き続き、単身高齢者と住居用物件の賃貸借契約を締結する際の注意点、残置物リスクを軽減する方法を解説します。

本稿では、解除関係事務委任契約書の条項を具体的にどのように作成すればよいのか、具体的な条文例の一部をご紹介します。

オーナー様におかれましては、単身高齢者から入居申込を不必要に拒否することのないよう、本稿で正しい法律知識とテクニックを学んでいただきたいと思います。

この記事でわかること

  • 解除関係事務委任契約とは
  • 解除関係事務委任契約のモデル条項例
  • 居住支援法人とは

解除関係事務委任契約とは

解除関係事務委任契約とは、賃貸借契約存続中に賃借人が死亡した場合、合意解除の代理権、賃貸人からの解除の意思表示を受ける代理権を受任者に授与する内容の委任契約です。

賃借人が死亡すると、その賃借人たる地位は相続人に相続されますが、賃貸借契約が解除されると、賃借人の地位を相続した相続人は、その地位を喪失することになります。そのため、解除関係事務委任契約に基づく代理権の行使は、賃借人の相続人の利害に大きな影響を与えることになりますので、解除関係事務委任契約の受任者は、まずは賃借人の推定相続人の中から選ぶとよいでしょう。

 とはいえ、単身高齢者の場合、親族と疎遠になっているケースも多く、推定相続人の中から受任者を選ぶことが困難であることも多いと思います。

このような場合、「居住支援法人」(住宅セーフティネット法に基づき、居住支援を行う法人として都道府県が指定する)に問い合わせることをお勧めします。詳細は後述します。

 賃貸借契約の解除をめぐっては、賃貸人と賃借人(の相続人)の利害が対立するので、解除関係事務委任契約を締結する際、賃貸人を受任者とすることは避けるべきです。仮に、賃貸人を受任者として解除関係事務委任契約を締結すると、賃借人の利益を一方的に害するおそれがあるので、民法90条や消費者契約法10条に違反し無効とされる可能性があります。

 また、賃貸物件の管理会社が受任者になることも考えられますが、直ちに無効になるとはいえないものの、管理業務の依頼者である賃貸人の利益を優先することがないとはいえないので、あまり望ましくありません。やはり、第一次的には、居住支援法人等の支援団体に問い合わせるべきだと思います。

 実務運用としては、賃貸人が賃借人と賃貸借契約を締結する前に、賃借人が第三者と解除関係事務委任契約を締結し、その受任者の氏名・名称・連絡先等を賃貸人に通知したうえで、賃貸人と賃貸借契約を締結するという順番になるものと思われます。

 また、賃貸借契約期間中に解除関係事務委任契約が解除されるなどした場合に備えて、賃借人は直ちに第三者と新たに解除関係事務委任契約を締結し、賃貸人に対してその旨を通知すべき規定を設けておくべきでしょう。

居住支援法人とは

「居住支援法人」とは、「住宅確保要配慮者居住支援法人」の略称で、住宅確保要配慮者(低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子供を養育する者、その他住宅の確保に特に配慮を要する者)の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るため、住宅確保要配慮者に対し家賃債務保証の提供、賃貸住宅への入居に係る住宅情報の提供・相談、見守りなどの生活支援等を実施する法人として都道府県が指定するものです(住宅セーフティネット法第40条)。

これは、補助事業の対象になっており、毎年4月に募集がかけられます。詳細は、下記にお問い合わせください。 

【事務局】

  居住支援法人サポートセンター

   〒135-0016 東京都江東区東陽5-30-13-907号

   T E L :03-6659–8668

   E-Mail:info@mrs-sc.jp

   URL:https://mrs-sc.jp(居住支援法人サポートセンターHP)

   受付時間:10:00~12:00、13:00~17:00 (土日曜、休祝日除く)

  この「居住支援法人」や居住支援を行う社会福祉法人などの第三者を、解除事務関係委任契約の受任者とすることが考えられますので、ぜひ一度ご相談になってみてください。

※出典:「居住支援法人制度の概要」

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001615068.pdf

●「居住支援法人一覧」(令和5年9月末日現在)

 (https://www.mlit.go.jp/common/001465934.pdf

具体的な条項例

第〇条(本賃貸借契約の解除に係る代理権)

委任者は、受任者に対して、委任者を賃借人とする別紙賃貸借契約目録記載の賃貸借契約(以下「本賃貸借契約」という)が終了するまでに賃借人である委任者が死亡したことを停止条件として、①本賃貸借契約を賃貸人との合意により解除する代理権及び②本賃貸借契約を解除する旨の賃貸人の意思表示を受領する代理権を授与する。

001407753.pdf (mlit.go.jp)

第〇条(受任者の義務)

受任者は、本賃貸借契約の終了に関する委任者(委任者の地位を承継したその相続人を含む。以下、この状において同じ)の意向が知れているときはその内容、本賃貸借契約の継続を希望する委任者が目的建物の使用を必要とする事情その他一切の事情を考慮して、委任者の利益のために、本契約に基づく委任事務を処理する義務を負う。

001407753.pdf (mlit.go.jp)

元の委任者(賃借人)の意向(例えば、「長男が住みたいと言えば住まわせてあげてほしい」など)や委任者たる地位を相続して委任者となった相続人の意向が知れている場合にはその内容、賃貸借契約の継続を希望する相続人がいる場合、その相続人が当該建物を必要とする事情を考慮しつつ本契約の委任事務を処理すべきでしょう。

第〇条(本契約の終了)

以下の各号に掲げる場合には、本契約は終了する。

①本賃貸借契約が終了した場合

②受任者が委任者の死亡を知った時から●ヶ月が経過した場合

001407753.pdf (mlit.go.jp)

本賃貸借契約が終了した場合、本賃貸借契約終了に関する代理権を授与すること自体が無意味になるので、①を終了事由としました。

他方、②については、例えば、委任者(賃借人)の相続人が委任者(賃借人)の賃貸借契約上の地位を承継することを希望しているため、受任者が賃貸借契約の終了に関する代理権を行使しないでほしいと考えているケースを想定したものです。このような場合であっても、解除関係事務委任契約が当然に終了するわけではないので、一定期間の経過により本契約を終了させることとしました。

また、「受任者が委任者の死亡を知ったとき」としたのは、単身高齢者の賃借人が死亡した事実を、受任者が知らないまま長期間が経過することも考えられるからです。また、受任者が委任事務を処理している最中に本契約が終了してしまったなどということにならないようにするためです。

まとめ

以上が、単身高齢者との間で借家契約を締結しようとする場合に生じる、残置物リスクを低減するための「解除関係事務委任契約」の条項例です。この契約書を実際に運用するには、「居住支援法人」の活用など様々な工夫が合わせ必要になってきますので、弁護士や社会福祉士、自治体など専門家へのご相談も併せてご検討ください。

 最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

弁護士 髙砂美貴子

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