不動産強制執行の実務①~平成から令和の不動産競売の動向を振り返ろう

 皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。

 昨今、動産・債権譲渡担保、知的財産担保、更には「担保や保証に頼らない融資」など新しい融資手法が出現していますが、それでも掌握する担保価値の大きさ故に決して軽視できないのは不動産担保であり、その究極の債権回収手段が本稿でご紹介する不動産競売です。

 ところが、不動産競売手続は裁判所主導で進められることに加え、他の強制執行手続類型に比してそこまで件数が多くないということもあり、一般にあまり知られていない部分が多いと思います。

 そこで、本稿から数回に分けて、不動産競売の世界をご紹介致します。

この記事でわかること

平成~令和の不動産市場の動向

不動産強制執行の「全盛期」

裁判所が新規に受け付けた事件数を「新受件数」といいますが、【表1】は全国の不動産執行手続(担保不動産競売、強制管理、担保不動産収益執行を含む全件数)の新受件数、既済件数、未済件数を取りまとめた統計資料です。

【表1】「裁判所データブック2023」https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2023/databook2023/db2023_212.pdf

これをみると、新受件数は平成5年(1993年)に62,891件、平成10年(1998年)に78,538件に達し、ピークを迎えました。ご承知のとおり、1980年代後半からの異常な地価高騰を見せたバブル経済時代、土地を担保に高額の融資が次々と行われましたが、1991年(平成3年)から始まった地価の急落により、担保価値が融資額を下回る担保割れの状態が発生しました。これにより、銀行は大量の不良債権を抱え込むことになり、未曾有の不景気で会社の事業収益は軒並み大きく低下しました。1998年は自殺者が初めて30,000人を超え、日本長期信用銀行や日本債券信用銀行が相次いで破綻するなど、現在にも語り継がれる平成不況の負の部分が噴出した時期でした。

このように、バブル崩壊後、債権回収のために不動産競売の新受件数は右肩上がりとなりますが、逆に、買い手の減少により競売市場は冷え込んでしまい、競売不動産の売却が進まず、執行裁判所は大量の未済件数(未処理事件)を抱えることになってしまいました。1994年(平成6年)の未済件数は108,093件、1998年は128,539件まで膨れ上がりました。

このような大量の未済案件を解消するため、裁判所はいち早く業務システムを導入するとともに、裁判官や書記官を増員するなどマンパワーの拡充を図りました。また、長らく問題となっていた執行妨害(この問題はまた別の記事で紹介します)を排除することを目的に、1996年(平成8年)、1998年(平成10年)、2003年(平成15年)、2004年(平成16年)と立て続けに民事執行法を改正していきました。更に、以前は裁判所の閲覧室までわざわざ足を運ばなければ物件情報を確認できなかった不便さを解消し、全国の不動産競売情報をインターネットで確認することができるようにしました(不動産競売物件情報サイトBIT:https://www.bit.courts.go.jp/app/top/pt001/h01

これらの取組が徐々に奏功し、景気が少しずつ回復傾向に入った頃、新受件数及び未済件数も徐々に落ち着き始めました。リーマンショック直前の2007年(平成19年)には新受件数54,920件、未済件数43,408件まで減少しています。

不動産競売市場の不振

ところが、執行手続の改善やマンパワーの増員等により、せっかく不動産競売制度全般が落ち着き始めたというのに、2003年(平成15年)頃から新受件数が減少し始めます。これは、日本の景気が回復傾向に入ったからというのもあるのですが、これに加え、民主党政権下の2009年(平成21年)に施行された金融円滑化法(中小企業や住宅ローンの返済負担を軽減)も新受件数減少に拍車をかけたと推測されており、この傾向はその後も長く続きます。実際、リーマンショックの年(2008年(平成20年))は、前年よりも不動産競売新受件数が12,000件も多かったのですが、2010年には逆に前年比15000件超も減少してしまいました。

金融円滑化法が2013年(平成25年)に終了した後も、現在に至るまで不動産競売事件は減り続けています。【図●】を見ても、令和4年の新受件数は15,449件にとどまり、ピーク時の2割にも満たない状況です。

 その一方、不動産競売手続にかけられた物件の売れ行きは非常に好調で、全国平均で7~8割の不動産が初回の開札期日で売却されていると言われています。特に、東京地裁や大阪地裁では、「競売すれば必ず売れる」という状況が続いています。

もっとも、当事者にとって最大の関心事である落札価格と売却基準価額の間に大きな開き(乖離率)が生じています。これは、裁判所の設定する売却基準価格が、マーケットの実態からかけ離れすぎていることを示しています。この乖離を埋めるため、一部の裁判所では、「競売市場修正率」(事前に内覧できない、契約不適合責任(改正前民法の瑕疵担保責任)を問えない等競売特有の事情を考慮して、市場価格から一定額を割り引いて競売における価格を決める場合、その割引率)を小さくして、なるべく市場価格に近い金額で売却できるようにする裁判所も出てきています。最近の落札価格は、競売市場修正を行う前の評価額よりも高いものも多くみられるようになりました。また、不動産競売の方が、一般の不動産市場で売却される際の価格(卸値価格)よりも高値で売れるケースも出てきていると言われています。

それでも不動産競売は増えない

このように、執行制度も改善され、市場価格と同等とは言えないまでも割と良い値段で売却できるようになったにもかかわらず、不動産競売手続を選択する金融機関は多くありません。それはなぜなのでしょうか。

 真の理由は不明ですが、一般的には次のような見方が示されています(「事業再生と債権管理」170号132頁)。もっとも、何か客観的な根拠があるわけではありません。

  • 経済政策や金融政策の一環として、不動産競売の申立にブレーキをかけている
  • 金融機関が「競売は安い」という固定観念にとらわれている
  • 不動産競売では、申立~配当に6か月~1年かかるので、金融機関はより短い期間で処理できる民間の任意売却を選択してしまう。
  • 私的整理の手法が普及してきたため、担保不動産を売却しないケースや、任意売却が成立するケースが増えてきた。金融円滑化法による措置が平成25年(2013年)3月に終了した後も、金融機関が中小企業のリスケジュール要請に引き続き応じていること、中小企業金融モニタリング体制の効果などが影響しているものと思われる。

近年、このような不動産競売の新受件数の減少に対応するため、執行裁判所もいくつか取組を始めています。

  • 手続の迅速化

分譲マンションのように、類似案件が多く調査時間が比較的短くてすむ競売事件については、通常の不動産競売事件よりも手続に要する期間を短縮したり、手続を簡略化したり、優先的に取り扱うなどの工夫をすることで、競売手続に要する時間を短くする試みがなされています。

 具体的な内容は別の機会に説明しますが、「配当要求終期期間」、「現況調査報告書、評価書の提出期限」を短縮すること、「売却実施処分」を優先的に行うことなどが実施されています。これにより、東京地裁や大阪地裁の調査によれば、最速の場合、通常事件の約半分程度の期間で手続を完了できるようになったといわれています。

 また、これらの取組により、裁判所職員にも「不動産競売にかかる時間を短くしよう」という意識が醸成されるようになったともいわれています。実際、最近の競売事件では、申立から5か月前後で配当手続まで進められた事例も出てきているとの報告もあります(以上、「事業再生と債権管理」170号132頁)。

  • 売却価格向上に向けた取り組み

競売手続の目安となる価格(売却基準価額)は裁判所の選任した評価人(不動産鑑定士)の評価に基づいて決定されますが、先ほど説明したとおり、これは競売であること(例えば、事前に物件の状態を内覧できない、契約不適合責任(民法改正前の瑕疵担保責任)を負わない等)を理由に、一般の市場価格から一定程度割り引いて算出されます(この修正を「競売市場修正」といいます)。この競売市場修正は、数年前までは、東京地裁・横浜地裁では30%、さいたま地裁・千葉地裁では40%、鳥取地裁は50%というように、裁判所ごとに減価率が定められていました。

そのため、市場価格が2000万円の物件でも、売却基準価格は1400万円~1000万円くらいにされてしまい、競売物件の売れ行きが好調であるにもかかわらず、結果として落札価格を押し下げているのではないかという批判がありました。

そこで、これまでの競売市場修正率を見直して、売却基準価額を引き上げ、できるだけ市場価格に近い金額で落札してもらおうという動きが、全国の裁判所で起こっていると言われています(令和2年10月時点で、東京地裁本庁、さいたま地裁本庁、さいたま地裁越谷支部では20%、横浜地裁本庁ではマンションについて20%とされています)。

このように、必ずしも「不動産競売は安い」とはいえなくなってきているのです。

最後に

以上のとおり、不動産競売事件はバブル崩壊を機に一度は激増したものの、その後様々な要因により低迷しています。しかし、強力な債権回収手段であることには変わりはなく、個別事件ごとにその特性を踏まえて適切な債権回収手段を選択することが重要です。不動産競売にしても、案件の事情によってはこれを積極的にに活用していくことが求められます。次回以降で、不動産競売にまつわる様々な実務情報をお伝えしていきたいと思います。

弁護士 髙砂美貴子

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