民事信託と任意後見の協働

近年の動向

 長年、任意後見制度に関する全国的な実態調査は実施されてきませんでしたが、成年後見制度利用促進専門家会議第4回中間検証WG(令和元年12月26日)における法務省民事局の実態調査(以下、「法務省調査」という)によれば、令和元年7月29日時点の任意後見契約の累計登記件数は120,962件,同契約締結時の本人の平均年齢は80歳でした。また、閉鎖登記を除く登記件数100,504件のうち,任意後見監督人選任の登記がなされているのは3,510件、全体の約3%に過ぎませんでした。このことから、任意後見契約は徐々に浸透してきてはいるものの、実際は、本人が相当高齢になり何等かの支援を要する年代になり、漸く締結されていること、実際に本人が事理弁識能力を欠く状態になっても適時に任意後見監督人が選任されず、大部分の任意後見人が裁判所の監督なしでそのまま事務を継続していることが読み取れます。

 他方、私人間の契約にすぎない民事信託契約に関する公的資料は存在しませんが、信託財産に不動産を含めた場合必ず信託登記がなされることに着目し、民事信託契約の成立件数を試算した民間会社の調査結果が参考になります。これによれば、土地信託登記件数は2016年には4,520件でしたが、毎年おおよそ20%の伸び率で増加し続け、2022年においては6月までの時点で昨年比149%で推移していました(https://sma-shin.com/column/145/)このことから、民事信託もほぼ同程度に増加しているものと推測されます。

民事信託と任意後見制度併用のメリット

民事信託は、物の保全管理を中心とした個別的な制度であるのに対し、任意後見制度は人の身上監護を中心とした包括的制度ですので、その機能や範囲は異なります。

委託者兼受益者Aが受託者Bとの間で民事信託契約を締結し、新たにCとの間で任意後見契約を締結しようとする事例を考えてみたいと思います。

仮に、AがCと任意後見契約を締結しておかなかった場合、どのような事態が生じるのでしょうか。

AB間の民事信託契約締結後、委託者兼受益者Aが重度の認知症等を発症すると、Aのために法定後見人が付されます。特に、Aとは無関係の第三者である専門職後見人甲が選任された場合、甲はAの法定代理人として受託者Bと対立し、Aの希望に沿った受託業務の遂行(例えば、余剰資金を活用して投資用不動産を購入すること)を否定する可能性が出てきます。これに対し、Aの事理弁識能力が十分備わっているうちに、Aが自ら信頼するCを任意後見人として任意後見契約を締結しておけば、Aが事理弁識能力を欠く状況に至った後、受託者Bと任意後見人Cの間で意思疎通や方針決定に齟齬が生じにくく、両者が協力してA本人のために財産管理運用と身上監護を行うことが期待できます。

また、Aが株式会社の取締役等として役員報酬を受領していた場合、法定後見の開始は取締役の退任事由となりますので、役員報酬を受領できなくなってしまいます。しかし、任意後見契約の場合、これが発動したとしても、法律上は取締役の退任事由とはならないので、引き続き役員報酬を受領できることになります(もっとも、業務遂行能力がないので会社から退任を求められる可能性は高いと思われます)。

更に、法定後見人と受託者のコンフリクト(利益相反)が問題になる可能性があったとしても、任意後見であれば、任意後見契約の内容を工夫することでこの問題を回避することが可能となります。

このように、民事信託と共に任意後見契約を締結しておくことは、受託者と任意後見人の協働を促し、委託者本人の意向を最大限尊重したきめ細かな支援サービスを可能にします。

信託目録と代理権目録の調整

任意後見は保存行為的な行為、すなわち委託者本人の生活に必要最小限な範囲でしか法律行為をすることができないため、余剰資金を積極的に運用して新たな資産増殖を目指したり、それまで委託者本人の資産収入に依拠して生活していた親族の生活費を支給することは困難と思われます。

また、代理権目録の記載が任意後見人の業務にとって支障ありとなれば、法定後見を申し立てられるリスクもあります。任意後見契約の代理権目録の記載は、本人の判断能力が低下した後では変更が困難であるから、民事信託と任意後見を併用する場合、信託目録のみならず、任意後見契約の代理権目録についても慎重に作成する必要があります。例えば、民事信託は信託財産の管理、任意後見は身上監護というように大まかな役割分担をしたうえで、お互いの業務を阻害することないよう権限そのものの範囲や、監督権限の有無ないし範囲を丁寧に調整することが肝要です。

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