皆さんこんにちは。弁護士髙砂美貴子です。
2023年4月12日、総務省は昨年10月1日時点での65歳以上の高齢化率は29.0%となっていることを最新の人口推計で公表しました。日本の総人口は前年より556,000人少ない124,947,000人であり、12年連続の減少となりました。
※総務省HP人口推計(令和4年10月1日現在)
他方、65歳以上の人口は前年より22,000人増加の36,236,000人であり、日本の総人口に占める割合は29.0%と過去最高となりました。なんと、日本の総人口の約1/3が65歳以上ということになります。しかも、75歳以上の人口はさらに大幅な増加傾向にあり、19,364,000人でした。総人口に占める75歳以上の割合は、過去最高の15.5%です。
これに加え、65歳以上で一人暮らしをされている方は男女ともに増加傾向にあり、昭和55年には65歳以上の男女それぞれの人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%でしたが、令和2年には男性15.0%、女性22.1%となっています(図1-1-9)。
※内閣府「令和4年版高齢者白書(全体版)」
(https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/html/zenbun/s1_1_3.html)
このような超高齢化、しかも一人暮らしの高齢者が増加した現在、その住宅確保を巡って深刻な問題が生じています。
すなわち、一人暮らしの高齢者(主に60歳以上の方をいいます。以下、「単身高齢者」といいます)との間でアパート等の賃貸借契約(以下、単に「借家契約」といいます)を締結した場合、その単身高齢者が死亡した場合、相続人の有無や所在が分からなかったり、仮にこれらの情報を探知できても、肝心の相続人と連絡がとれないケースもあります。このような場合、亡くなった単身高齢者と締結していた借家契約をどうするのか、物件内に残された遺品(残置物)をどうするのかという難しい問題(以下、「残置物リスク」といいます)に直面することになります。後述するとおり、この問題は非常に厄介であり、正直なところ現行法では解決困難であると言わざるを得ません。そのため、賃貸用建物のオーナーが単身高齢者にアパート等を賃貸することに躊躇してしまい、その結果、居住用物件を借りたくても借りられない、住居を確保できない単身高齢者が増加していることが社会問題になっています。
この残置物リスクを軽減できれば、単身高齢者が賃貸物件に入居する機会を拡大でき、その健全な生活環境を確保することができます。
そこで、本稿から数回に分けて、単身高齢者と住居用物件の賃貸借契約を締結する際の注意点、残置物リスクを軽減する方法を解説します。オーナー様におかれましては、本稿で正しい法律知識とテクニックを学び、単身高齢者から入居申込を受けた場合であっても適切に賃貸借契約の締結に応じるよう努め、その安定した生活確保にご協力戴きたいと思います。
この記事でわかること
- 単身高齢者と借家契約を締結する場合の問題点
- 残置物リスクを軽減する方法(3つ)
単身高齢者との借家契約締結を躊躇する理由
冒頭で指摘した残置物リスクの具体的内容は、以下のとおりです。
- 借主が死亡しても、借家契約は当然に終了しない
大前提として、借主が死亡しても、借家契約は当然には終了しません。借主が死亡した場合、借主たる地位をその相続人が相続することになります。単身高齢者の場合、(両親は既に死亡しているとして)兄弟姉妹や子と疎遠な場合が少なくありません。そのため、いざ借主が死亡しても、そもそも借主の相続人がいるのかどうか、相続人がいるとしても、どこに住んでいるのかを調査しなければならないのです。
実務上、この相続人調査は非常に面倒で、手間のかかる問題となりえます。
- 借主の相続人全員と協議しなければならない
仮に、借主たる単身高齢者の相続人全員の氏名と住所が判明したとしても、貸主はその全員と協議して、借家契約の処遇について決めていかなければなりません。
貸主(オーナー)の立場からすれば、借主が死亡したのであるから、この際借家契約を終了させたいと考えるかもしれません。しかし、前述のとおり、借主が死亡したからといって当然に借家契約が終了するわけではなく、借主の相続人が借主たる地位を相続します。
そのため、貸主が借家契約を終了させたいと考えたとしても、借主に法定解除事由(賃料不払い等)がなければ、貸主は一方的にこれを解除することはできません。仮に、借主側に法定解除事由が存在したとしても、貸主は借主の相続人全員に対して解除通知を送付しなければなりません。ケースによっては、相続人が数十人など非常に多い場合もなくはないので、この解除通知の問題はかなり厄介な問題になりえます。
- 相続人不存在の場合、相続財産管理人選任申立をしなければならない
借主たる単身高齢者は資力が乏しいケースが少なくないので、残された相続人全員が相続放棄をする可能性もあります。そうすると、借主の地位を承継するはずの相続人が誰もいなくなってしまいます。
この場合であっても、借家契約は当然には終了しませんので、これを解除するには、貸主が自費で、借主について相続財産管理人選任の申立を家庭裁判所にする必要があります。東京家庭裁判所の場合、予納金として100万円を預託する必要(但し、事件終了後、若干の余剰分が返還されることがある)がありますので、貸主の手間暇はもちろん、経済的負担は相応のものになるといえます。
残置物リスクを軽減する方法
そこで、この残置物リスクを軽減するための方法を、3つ紹介します。
- ①借主が借家契約の存続中に死亡した場合、借家契約を終了させるための代理権を受任者に授与する委任契約(解除関係事務委任契約)を締結する。
- ②借家契約の終了後、残置物を物件から搬出して廃棄する等の事務を委託する準委任契約(残置物関係事務委任契約)を締結する。
- ③借家契約に上記①②の条項を設ける。
上記①②は、借家契約の借主と第三者Aが締結するものですが、①②の受任者が同一人物である場合、1通の契約書でまとめてしまっても結構です。上記③については、貸主と借主の間で締結する借家契約の条項として取り決めることになります。
上記①~③は、いずれも残置物リスクを軽減し、貸主の不安感を払しょくして単身高齢者との借家契約締結を促進することを目的に、借主に対して一定の財産管理上の負担を課すものです。そのため、借主について近親者や知人友人などの保証人がきちんとついている場合にまで、貸主が残置物リスクに対する不安感を理由として、上記①~③の締結を強要した場合、(もちろん、最終的には個別事案ごとの具体的事情を踏まえて、裁判所の判断に委ねることになりますが)民法90条や消費者契約法10条に違反して無効と判断される可能性がありますのでご注意ください。
また、改めて言うまでもありませんが、上記①~③を締結するには、借主及び受任者Aがその内容を十分理解し、任意でこれに同意することが必要です。
まとめ
以上が、単身高齢者との間で借家契約を締結しようとする場合に生じる、残置物リスクを低減するための方法です。このモデルを採用するにあたり留意すべき点、具体的にどのような契約条項を考案すべきかについては、また別の記事で解説したいと思います。
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。